香織:「あたし」として視点に立つ女子大生。
奈緒:香織の親友。この日は呼び出しを喰らっている。
なお、”衝撃の告白”とリンクしています。
香織:「あたし」として視点に立つ女子大生。
奈緒:香織の親友。この日は呼び出しを喰らっている。
なお、”衝撃の告白”とリンクしています。
大学に与えられた研究室の一つ、
その小さな台所の片隅で香織は緊張した自分の顔をほぐし、
手鏡に向かって笑いかけた。
決して悟られてはいけない、証拠も消し去らねば。
「気付かれるわけには、いかない…」
これから自分がしようとすることを思うと、手が汗ばむ。
でもこれは当然の報いなのだ。
あたしの彼氏を横取りした、奈緒が悪いのだ。
友情よりも愛情、と自分に言い聞かせる。
「もう後戻りなんて出来ないんだから!」
今ためらったら、もう二度とチャンスはめぐってこないだろう。
「うんうん、よく分かんないけどがんばってね」
「もっちろん、あのにっくき……奈緒!?」
うろたえた様子の香織に、諸悪の根源である奈緒が微笑みかけた。
「ど、どーしたの?」
あたしには、その単語一つを発するのが精一杯だった。
なんせ毒を盛ってやろうと思っている相手が、目の前に突如として現れたのだ。
これに動じないなら大したものだ。
「えー、どうしたのって、何が?もう約束の4時でしょ」
きょとんと首をひねって、横手の時計を見やった奈緒は、面白そうに笑った。
「あ、ほんとだ。
また私ったら短針ずれてたかも。まぁ問題ないよね」
「…あんたは無いかもね」
深いため息とともに一言、あたしは何とか口を動かせた。
まだ3時だってのに!
「うん、私は悩み無いからさー、その分なら相談に乗るよ」
朗らかな顔に一瞬、自分の気が緩んだのをあたしは感じた。
―――ここで情にほだされたら負けなのよ、香織!
「今は奈緒の土産話が聞ければ、それで良いわ」
自然な様子を装ってあたしが木のイスに腰掛けると
少々ボロい・・・いや、年季が入ったそれは、ギシリと一声、悲鳴を上げたはずだ。
いつもは気になるその音も、今は自分の脈が取れんばかりの心音で聞こえない。
あたしは焦っていた。
あの女を消すために計画を立てていたというのに。
肝心の毒をまだ仕掛けていない内に、奈緒が現れてしまった。
二人きりの状況で毒を盛れば、すぐにあたしに容疑が絞られる。
それくらい分かっているから、毒は遅効性のモノを準備した。
もっとも、入れすぎれば意味は無いけれど。
とは言え考えてみれば、どう殺したところで人間関係を洗う過程で
自分の名前が出てくる・・・気もする。
でもまぁ、このあたしにさえ、こんな仕打ちをする女なのだから
さぞや周りからも恨みを買っているに違いない。
だからそんなのは、問題じゃないと1人で納得する。
「どーしたの、怖い顔しちゃって」
「え、ああ、今度の試験を考えてたら、つい」
いつの間にか席についていた奈緒に、とっさにあたしは嘘をついた。
「ああ、もうすぐ夏休みだなって考えれば良いんじゃないかな。
それよりほら、食べない?」
ああ、そう言えば毎年8月に開かれる合宿を
奈緒は一番楽しみにしていたっけ。
ぼんやりと考えごとをしていると、
いそいそと奈緒は洒落た手提げカバンから、白と赤の箱を取り出した。
はっとしてあたしは、思わず首を横に振る。
「じゃじゃーん、なんと!
香織ちゃんの食べたがってた晶月堂のケーキでーす」
「うわっ、開店前から並んだの?」
「へへ、朝の授業サボっちゃった」
箱には15、16と書かれたシールが貼られている。売り出された商品の順番だ。
―――数量限定での販売のせいで、中々手が出せないんだよね
そんな話をしていた事を、奈緒に拓海を取られる前の事を、思わず思い出した。
まさか、あたしが拓海と奈緒の関係に気付いたことを、悟られたのだろうか。
「まさか・・・」
「まさか?」
「いや、まさか買って来てくれるとは思わなかったなーって」
口から乾いた笑いが漏れる。
さて、この状況とこの空気を一体どうしたものか。
それから他愛の無い話をしていた。部活のこと、試験や卒論のこと、服や映画のこと・・・。
「ねぇ、そう言えば土産話の1つも無いの?」
あたしが言っているのは、先週末に奈緒が旅行した時の話だ。
高校の時の友人と、と言っていたが恐らく拓海が一緒だっただろう。
富士山を登ってきたという話だったか。
いかにも山岳部の奈緒らしい。あ、一応あたしも山岳部だったっけ。
「え・・・ああ、天気が悪くてね、登れなかったんだ」
しばし固まった後、奈緒は肩をすくめて見せた。
「それより香織ちゃん。私、飲み物いれるけど、どう?飲む?」
「い、いいよ、あたしがやるから、ケーキ美味しかったし」
あたしは慌てて席をたった。図らずもチャンス到来!
あたしは台所の棚をゴソゴソとあさって、
茶の葉を取り出して緑茶をマグカップ二つに注いだ。
用意してあった毒は、当然のようにカップの片方に混ぜる。
混ぜるが、ここでウッカリ
自分のにも入ってしまうと洒落にならないので、片方を避けておく。
トレイに茶を乗せて、テーブルまで持っていく。
後はこれを飲ませて、長話をせずに別れれば良い。
「お待たせー」
なんとか笑顔を向けてトレイを置くと、
あたしは目を閉じて安堵のため息をついた。
後一歩、後一歩だ。
眼を開けると、トレイから茶が1つ勝手に取られていた。
それは“どっち”だろう。
―――まずい、どっちが毒入りか分からない!
「あああ待って奈緒、それカップ!」
「・・・カップ?」
「そ、そうカップ、汚れてるから変えてこよ、ね!」
あたしはカップをひったくって、緑茶を両方捨てた。
新しくカップを取り出して、今度はコーヒーを入れる。
次いで毒は砂糖の容器に混ぜておく。
これなら、あたしは砂糖を入れなければ良い。
「そんなに慌ててると、香織ちゃんヤケドするよ」
怪訝そうな顔で、奈緒がカップを受け取った。
あたしはそれには答えず、コーヒーのカップを口元に運びながら
じっと奈緒の様子を伺った。
さぁ入れろ、砂糖を入れろ!
ずずず・・・。
奈緒がコーヒーを口にして、顔をしかめる。奈緒が甘党なのは、あたしが良く知っている。
ずずず・・・。
あたしの予想を裏切って、コーヒーを一気に飲み干してしまう奈緒。
「ど、どうしたの奈緒、砂糖入れずに飲むなんて」
「だ・・・・・・ダイエット、しよーかな、って」
奈緒は、広がる苦さで身震いしていた。
「そんなの、大して変わんないって・・・いまレモンティー持って来る」
あたしが席を三度たとうとしたが、奈緒がそれを押しとどめた。
「そんな何度も良いよ、やるからさ!」
ガチャガチャと、奈緒がコーヒーやケーキにと棚から出した物を全て、台所へ運んでいく。
そんな奈緒を眺めながら、ふっと思った。
ずっと香織が拓海を誘ったと思っていたけど、
本当のところはどうなんだろうか、と。
なんだか、どうでも良くなってきてしまった。
「はい、お待たせー」
笑顔で運ばれて来た紅茶を、素直に頂く。
ケーキの時は気にならなかったが、何だか複雑な心境だ。
ココにあるハーブや紅茶の葉は、
ほとんどが奈緒の趣味で集まったようなものなので、さすがに扱い慣れている。
こんな風に上手い具合に茶の葉を混ぜられるのは奈緒だけだ。
奈緒は口直しを済ませると、一息ついて真顔になった。
「香織ちゃん、私ね・・・
実は、香織ちゃんに言わなきゃいけないことがあって・・・」
その時だった。
あたしが、ふいに熱が出たような気分の悪さに襲われたのは。
「・・・香織ちゃん?」
奈緒が首をかしげる。
「ごめん、もしかして砂糖入れすぎちゃった?甘すぎた?気持ち悪い?」
奈緒が矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。―――砂糖?
「あ、あんた・・・紅茶に・・・砂糖?」
「う、うん・・・」
恥ずかしそうにつぶやく奈緒の声は、消えてしまいそうなほどだった。
―――アホかぁぁああぁぁぁぁあぁっ!
胸の中で絶叫してみても、もうどうにもならない。
あの奈緒が、極度の甘党娘が、砂糖を入れたのだ。
恐らくあの毒の入ったままの砂糖を。助かるはずが無い。
「やっぱり甘いものが欲しくって・・」
奈緒が申し訳なさそうな顔をして、水を持ってきた。
「でも我慢しなきゃって思って、それを香織ちゃんに渡しちゃったの」
「・・・あ、そ」
「ごめんね、香織ちゃん無糖派なのに」
呆れたやら可笑しいやらで、あたしは笑って・・・
笑って、そこで意識を手放したのだった。