鏡ノ欠片

謎かけ

一緒に考えましょうよ、と笑いかけるアトナ。
だが別に、ケルは内容には興味が無い。
と言うよりも、恐らくこの内容は自分の知るべきモノではない。
となれば、話を合わせつつ、残りの書類の在り処を聞き出すか
もしくは、自分の手元に置いてしまうか。

とりあえず、簡単な疑問から消化していくとしよう。
「クイズって…何?」
だがその問いが意外だったのか、足を伸ばして再び寝具に座っていた彼女は
その額を指でトントンと叩きながら、困ったように声を絞り出す。
「ええぇ?…じゃあ…たとえば――熟れると赤くて、甘酸っぱい実を付ける植物は?」
突然、話が飛んだ。
ケルは一瞬、視線を宙に泳がせ。
遠くを見つめて。
思考を巡らせて…。
……。
「さぁ?」
ケルが首をひねるのと、アトナの頭が ( ひざ ) を打つのは同時だった。

―――アトナは身体が意外と柔らかい
そんな、どうでも良いコトは口には出さず、ケルは立ちつくす。
「ちょっとエル、あなた真面目に答えなさいよ」
鋭い視線を自分に向けるアトナに、ケルは少々戸惑った。
「別に、ふざけているつもりは無いのですが…」
さて、どうしたものだろう。

本気で困っているのを見て取ったのか、彼女は少しだけ機嫌を直し、
「今みたいに、相手が答えを想像できるような質問をする、それが謎な…クイズよ」
分かった? と眉間のあたりに、シワを寄せて説明する彼女。
「自分の知ってる答えを、どうして相手に聞くんです?」
ケルとしては、至極もっともな質問だったのだが
これにはいよいよ、アトナも参ったようだ。

「だって、そう言う遊びなんだもの」
投げやり気味に応えると、白い身体を投げ出すように背中からベッドに転がる。
「要するに、辞書みたいなモノで…?」
自分なりに結論付けたつもりだが、彼女の返答は言葉にならない声のみ。

いまいちケルが理解できずにいると、ややあって
アトナは寝返りを打って、頭をこちらへ向けて。
「エルって、いったい今まで何してたの?」
興味半分、呆れ半分の様子で、組んだ腕にアゴを乗せ、彼女は聞いてきた。

それには答えず、ケルは問いで応じる。
「…ちなみに、もちろん答え…知ってるんですよね?」
一瞬、怒っているようにも見えたが、アトナは答えてくれた。
「林檎よ、リンゴ。思い出した?」
「ああ、言われてみれば」
ケルのうなずきに、何かを疑うかのような視線が注がれる。
「普通、誰でも知ってると思うんだけど」
今度こそ、心の底から呆れかえった、とでも言うように。
白い頭も肩も、色々とガックリ落として、アトナはため息をついた。

アトナは、ケルに適当に腰かけるように言うと
自力で気を取り直し、話を戻した。
「つい最近、紙の束をもらってね」
紙の束とは無論、例の書類だ。
「これは難しいぞって。解いたら良いことあるんですって」
そう言ってから、彼女はあわてて付け加えた。
「本当は、誰にも手伝ってもらっちゃいけないの。
 だからエル、これは内緒にして!
 あなたにも、きっとお礼はするわ!」

どうして、答えが出たらイイコトがあるのか
ケルにはやはり疑問だったが、なんとなく聞かない方が良いと判断した。
安心させるように ( うなず ) いて、同じく彼も話を自身の本題へ戻す。
「紙の束って言うコトは、これ一枚じゃない、と」
ベッドに背を預けるように、床に腰をおろし、紙をヒラヒラ振って見せる。

すぐにアトナは、残りも持ってきた。
「それが最初のページだから、他を持ってきても読めないと思うの」
ケルが、運ばれてきたヒモでとじられた紙束から顔を上げると、彼女は続けた。
「私が思うに、これ暗号よ。つまり…」
その先をどう言えば良いか、判断が付かないらしく
言葉はそこで、尻すぼみになり途切れる。

「そうだろうね―――」
平然と切り返し、再び視線を紙面に向けるケルに、アトナは言葉を詰まらせる。
「―――でも、法則を見破るには、ページは多い方が良い」
もっともらしいコトを言ってみたが、ケルには書類が手元に集まれば良かった。
「それもそうね」
引っかかる疑問は胸にしまって、アトナも暗号に目を走らせる。

「これ、全部じゃないね」
ふいに声を上げたケルに、アトナは首をかしげた。
ケルは紙の端を指さして見せる。
「ここ、ページのナンバリングだと思う」
彼女は、そこを気にしていなかったようだが、そうねと頷いた。
「ほら、ページが飛んでる」
ケルは二枚の紙を交互に指さし、アトナに見えるようにする。

「ヒモでとじる時に、どこかに落としたのかも…」
途方に暮れ落ち込む彼女だったが、ケルはそうは思っていなかった。
ケルは首を一つ振って、言葉に確信を込める。
「初めから、全部は渡してなかったとしたら?」
しかしアトナは腑に落ちない様子だった。

「それで、パパに何の得があるの?」
「そこまで知りませんけど、誰かが見つけたら気付くハズでしょう?」
こんな怪しい文面の紙を、使用人が誰にも聞かずに処分する訳が無い。
「…でも、残りはクイズのために、わざと抜いたんじゃないかしら」
「確かめてみますか?」
え、と小さく呟いて、彼女は困惑してしまった。
「でも、残りが何処にあるかなんて知らないし…。
 少なくとも、書斎には無かったと思うわ」
ケルよりも自由に動ける彼女がそう言うのだ、本当に無いのかもしれないが…。

「今日の夜、旦那様が帰ってくると聞いてます」
そのクイズの出題者が帰ってくるのだから、確かめようはあるだろう。
「ああ、今日だったかしら…」
思い出すように、視線を泳がせるアトナ。

「もし仮に、わざと紙が抜かれていたとしても
 うまくいけば、それを見るコトが出来ますよ」
ケルの提案に、しかし彼女は迷いを見せる。
「でもエル、それは反則だわ。ルールを守るから楽しいのよ」
「こんなに本格的な暗号の正体、知りたいでしょう?」
「それは……でも…」
たたみ掛けるケルに、アトナは答えを出せないまま沈黙する。

最後の一押しが、必要だ。
ここで了解も取らずに行動に移して、邪魔をされる訳にはいかない。
「この件に僕を関わらせた時点で、ルールは破ってますよ、アトナ」
責めていないコトを示すように、そっとケルは笑いかける。
「そう、ね…そうかも知れないわ」
「大丈夫、僕一人でも十分にやれますから」
笑顔を崩さず、ケルは明るく言い切った。
「でも、それをエルがパパに見せる訳にはいかないのよ?」
「もちろん、任せて」
ケルは、不敵に笑って見せた。


≪Prev. / Next≫