鏡ノ欠片

正体

突然のケルの反応に、目を丸くする二人。
ケル自身も、自分の行動に驚いているように見えた。
その肩から、ふっと力が抜けて、かすかに逆立っていた毛が落ち着く。
「何よ、そんな急に飛び退いて」
「…知り合いに似てて、つい」
壁にぶつけた後頭部をさすりながら、むくれるルジュに苦笑してケルは謝った。
小さく頭を振ると、ケルは寝具の端に腰かける。
「ずいぶん怖い知り合いだったんだな」
言ってすぐに、レイジはルジュに睨まれ肩をすくめた。

「もう落ち着いた、大丈夫」
ケルは何とか笑って見せたが、二人の心配そうな様子は変わらない。
後ろの窓が時々鋭く光って、ケルの影を二人に投げかけるのが嫌で
怪しまれないような自然な動きで、ケルは窓から離れる。

「まだ顔色悪いし、歩かない方が…」
「発作も寝てる間に治まったし、もう平気」
寝かせようとするするルジュを、ケルは何とか押しとどめる。
「発作っておまえ、やっぱり病気持ち?」
不安に顔を曇らせるレイジ。

「やっぱりって……? 薬があるから大丈夫」
一瞬首をかしげたが、ケルは気にしないコトにしたらしい。
薬だとか、ごめんだとか、返せだとか。
その他、言葉にもならない ( うめ ) き声だとか。
そう言ったうわ言を、やはりケルは覚えていないようだ。
レイジはとりあえず、聞きたがりの少女に無言で口止めをしたが。

「その薬だけど……毒になる成分がいくらか混ざってたわ」
二人の全く気付かぬ内に。
後ろに立っていたベスティが、暗い面持ちで会話に割って入る。
「毒…?」
呆気にとられる三人だったが、ケルはすぐに困惑した。
「でも俺、生きてますよ?」
もっともな意見に、少し考えてからベスティは口を開いた。

「なんて言えば良いのかしらね…。
 本来、薬と毒と、区別なんて出来ないって言ったら、分かる?」
首をかしげるレイジとケルに、ルジュが補足した。
「多すぎたら薬も毒になるし、少なすぎれば毒も薬になるってコト。
 ただの水だって、飲みすぎたら死んじゃうんだから」
少々血の気が引いているレイジに、ルジュはからかうように付け加える。
「水で死ぬなんて、普通は無いから大丈夫」

顔をしかめるレイジを横目に、ベスティは話を続けた。
「問題は、その薬が身体に残るかどうかなの。
 外に出るか無くなるか、してくれれば良いけど…きっと身体の中に少しずつ毒が溜まってるんだわ」
言われてケルは身体をしげしげと眺めてみるが、もちろん分からない。
だが次の言葉に、心臓がかすかに跳ね上がった。
「時々、身体が酷く痛みだすでしょう?」
「でもそれは、秘文症のせいで…」
「それは誰に聞いたの ( ・・・・・・ ) ?」
問われ直されて、ケルは気付く。

その話をされたのは、もうずいぶん昔のコトだった。
あの二本の大きな巻角をした、山羊族の男。
まだ自分が、どう言った目的で引き取られたか、気付いていなかったあの頃。
あの男をまだ、警戒しきれていなかった、あの頃。
どうしてあの時の言葉だけは、嘘では無いなどと思っていたのだろう。
目の前の女と、記憶の中の男。
今のケルには、どちらを信じるかなど考えるまでもなかった。

「私の聞く限り、秘文症はもっと穏やかなものよ。
 非常に稀なモノだから、めったに患者を診るコトは無いけど」
ベスティの説明が、うつむいて考え込むケルの耳に届くが、よく分からない。
「でも、なんで毒を薬だなんて言われちゃったの?」
今度はルジュが首をかしげる番だったが、ベスティはケルから視線を外さない。
「それは、あの子が一番分かってるんじゃないかしら」

確かに、分かっている。
この薬が、悪循環の大元だったのだ。
報酬で受け取っていた薬が、次の”起爆剤”になる…そう仕組まれたに違いない。

―――そうか
唐突に、ケルは納得した。
「最初から玩具、か」
ぽつりと。
ケルの声が虚ろに響いた。

「拾ってきて、いじくって…使えなくなったら、壊すんだ…」
今回の件だって、ケルが返り討ちにあって命を落とす―――
そんな、筋書きだったのかも知れない。
あの白猫の男の腕を考えれば、普通なら複数人で出向いて当然だった。
自分が今感じているのは、なんだろう。
ふとケルは考える。
考えてみても、それをどう呼ぶのか知りはしないが。

この先、どうすれば良いのか。
プルーなら、どう答えてくれるだろう。
ややあって、ふぅ、と深い深いため息が聞こえた。
「…私は許さない」
これまで感じたコトの無いベスティの声に潜む響きに、思わずケルは顔を上げる。
他の二人も、びくりと身体を震わせて、驚いているように見えた。

「歪んだ知識を植え付けて、まっとうな待遇もしないで
 薬と偽って毒を与え続け、一生を壊すような連中…私は許さないわ」
押し殺した声ではあったが、ベスティは瞳に烈火の如き怒りをたたえていた。
突然転がり込んだ自分のような者を思って、ここまで怒れるものなのか。
ケルは不可解なモノを見るような気持を抱く半面、暗い事実にうつむいた。
「…俺もその”連中”の一人ですけど」
ケルの乾いた笑いの後には、部屋に重い沈黙がのしかかった気がした。

「とにかく、あなたの身体から毒を抜かないといけないわ」
そうだった、ケルは顔をしかめた。
「抜くって…どうやって?」
「腹を切り裂いて大部分を取り出して、後は薬で追い出すわ」
こともなげに言うベスティに、ケルは顔面から血が引くのを感じた。
「…切り裂く?」
「そう」
「いやでも…」
「あら、取り除けるだけ運が良いと思わなきゃ。
 普通、こう言うのは体中に溜まって、取り出すなんて出来ないんだから。
 私が取り扱いを心得てる毒でよかったわね」
そう言われても、ケルは安心などできない。

「…いつ、やるんです?」
「これからすぐにでも、よ」
一瞬の沈黙。
「え、そんな急に…」
「じゃあいつやるの?」
逆に問われて、しばし口ごもり。
周りを見渡せど、助け船を出してくれそうな人物は見当たらず。
「…明日、とか」
「分かったわ、明日ね。…食事作って来るわ」
大きく一つ頷いて、部屋を後にするベスティ。
勢いで明日と言ったら、本当に明日に決まってしまったようで。
ケルは部屋の入口に誰かいるかのように、ずっと一点を見つめていた。

「…ボサ介、がんばれ」
ルジュの言葉に、ケルは力なく頷く。
その隣では、レイジが静かに首を振っていた。


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