目を開けると、普段とは少し違った部屋の天井が見えた。
―――どうしてこう、知らない間に別の場所に運ばれるのか。
ここ最近のこの展開に、ケルは不機嫌そうに目を細めて辺りに目を走らせる。
本当は身体を起こしたかったが、どうにも力が上手く入らなかったのだ。
ひたすら、だるかった。
運ばれている途中で目を覚まさなかったコトも考えると、薬で眠っていたのだろう。
それ以前に、誰かが部屋に来たのに起きなかったのだから
自分がよほど無防備だったか、眠る前からすでに何か飲まされていたか。
いずれにしろ、眠っていた場所とは違うものの、ここは知っている場所だった。
柔らかな色の壁を補強している、木目の整った木の板。
天井の
他の部屋とは違い、艶のある新品の木床。
それを目と鼻で感じ取り、ケルは思わずため息をついた。
どうしてココに連行されたかも、ケルには理解できていた。
「起きたわね、さっそく始めましょうか」
ケルの視界に逆さに映る、ベスティの姿。
「いや、できれば夜に…」
「あら、もう”明日”なんだから問題ないハズでしょう」
この場を切り抜けたいケルだったが、目の前の瞳が逃がさないと告げている。
観念するしかなさそうだが、それでもケルは基本的に”手術”が嫌いだった。
自分の身体を掻き回されると想像して、踊り出したくなるような奴はいない。
「…その、一つ聞きたいんですけど」
恐る恐る、ケルは言葉を吐き出す。
「やっぱり…痛い、ですか?」
「何をそんな当たり前な、身体切られるのよ?」
その言葉に、ケルはそのまま全身を硬直させた。
それには気付かない様子で、さらに彼女は言葉を続ける。
「痛みで暴れられたら、何も出来ないでしょう?
ちゃんと麻酔するに決まってるじゃないの」
ぽかん、と口を開けているケルに、ベスティが顔を近づけた。
「
それに疲れてもいるハズなんだけど…気付いてない?」
「へ?」
ケルは言葉の意味が呑み込めず、間の抜けた声を上げた。
「ちょっと驚かそうと思ったんだけど、もう終わってるから大丈夫よ」
「終わった…って、寝てる間に?」
緊張が解けていくのを感じながら尋ねるケルに、ベスティは微笑んだ。
「薬でさらに深く眠らせて、終わらせたわ―――あなた苦手そうだったしね。
もしかすると秘文症自体、薬で似た症状を出してただけかもしれないわ…でももう大丈夫よ」
実感の無さそうなケルの顔を見てとって、ベスティは後ろの棚へ足を運ぶ。
皿のようなものを手にして、くるりと振り返り。
「切り取った内臓、見てみる?」
ケルは全力で、首を横に振った。
すぐさま、思わず身体を確かめるように触っていくケル。
どこか痺れるような手の感覚で、それでも確かに無事だと分かる。
「大丈夫よ、ほんの少しだけなんだから。
見たって、何だか分からないだろうし」
ようやく冷静さを取り戻したケルは、もう一つの事実に気付いた。
当然ながら、半裸だったのだ。
だが別に、ケルは恥ずかしいとか、そう言った感情は抱いていない。
「…あの、見ました?」
先ほどとは違った緊張の色が、声に含まれているのを感じて
ベスティは首をかしげて、しばし考える。
「とりあえず、服は上しか脱がせてないけど」
この少年は、丸裸にされたとでも思っているのだろうか。
問われた意味をつかみ切れないまま、そんなコトを考えて答える白猫。
だがその縦長の瞳が、ケルの不自然な行動を見て、すっと細まる。
思わずベスティは、問いかけて―――やめた。
きっと、聞かれたくは無い話なのだ。
少なくとも、今はまだ。
ケルが、
その後しばらくして、ケルは部屋を出るのを許された。
今日一日は、無理しないようにと言い渡された上で。
居間に出ると、ルジュが机に突っ伏して寝ていた。
ケルが足を踏み入れた瞬間。
眠っているハズのその耳が動きヒゲが揺れ、すぐさま少女は立ち上がると
「調子はどう?」などと、陽気に声を掛けてくるのだから、さすがに驚いた。
「大丈夫、その……ありがとう」
きっと朝早くから起きて手術の手伝いをしていたから、寝不足なのだろう。
少しばかり、眠そうに目をゴシゴシとこすり。
ケルの小さなお礼は、しっかり聞こえたらしくルジュは笑った。
「そう、良かった!
あたしもークタクタ、部屋に戻ってもっかい寝る、おやすみ!」
と、言うコトは。
ケルが出てくるまで、無理してこの場所で待っていたのだ。
部屋に消えるルジュを、その場で見送ってからケルは息を吐きだした。
そこでやっと、自分が息を止めていたと気付く。
どうもあの白猫の顔を、白狐のそれと重ねてしまったらしい。
あの日の感触を、手がまだ覚えている気がした。
ケルが立ち尽くして、思いにふけっていると。
「お、終わったのか?」
階段を駆け下りて、レイジが現れた。
こちらも少しばかり眠そうではあったが、妙に元気だった。
「…にしちゃぁ暗い顔してるな? まだ調子悪いのか?」
ケルは慌てて首を振ったが、どうも信じてもらえていないらしい。
腕組みして、下から見上げるようなレイジの視線が、そう言っていた。
「あの時は焦ったんだぜ、目の前で転げ落ちやがって…」
「ごめん」
ケルは昨日の事を思い出して、肩を落とした。
「…いや、オレさ、おまえに話があるんだよ」
「話って?」
首をひねるケルから目をそらし、
レイジはバツの悪そうな顔をして、頭を掻いた。
「なんて言うか、その、おまえにばっかりって言うか…」
あれこれ言葉を並べたものの、説明しきれず苛立たしげにレイジは続けた。
「とにかくだな、ちょっと付き合ってくれよ」
言うなり、歩き始める男の後ろを、大人しくケルはついて行った。