鏡ノ欠片

回顧<上>

レイジはなぜか、家の外へ行くつもりのようだった。
ケルはもちろん、レイジも特に荷物は持っていないし遠出する気は無いだろう。
読み通り、家の外に広がる林の一角で二人は立ち止った。

「ここなら、誰にも聞かれない…よな」
二人の居る場所は、少し開けた見通しが利く場所だった。
障害物が少なく人通りのない場所――かつ家から近い場所。
レイジの知る限り、それはこの場所だけだった。

「話って、なに?」
辺りを一応、確認しながらケルは尋ねた。
この場所に来て踏ん切りがついたのか、なおも一瞬迷ったがレイジは口を開いた。
「オレ、自分の話なんてしたくなかったんだけど…。
 なりゆきって言っても、おまえの事情を少し知っちまったし」
斑模様の耳が、不安そうに辺りの音を探っていたが
うつむいて足で土をいじりながらも、彼は言葉を継いだ。
「オレの話もしておかないと、不公平…っつーか…」
「なんで?」
話の流れが良く分からずに、ケルは首をかしげる。

「なんで…って、だっておまえ…。
 できれば知られたくなかっただろ…その、色々」
「それはそうだけど…」
言葉を濁すレイジに、ケルは頷いて見せる。
だからと言って無理にレイジの話を聞こうだなんて、ケルは思っていなかった。
「聞きたくなかったら寝てても良いから、そこに居てくれよ」
オレの気持ちの問題なんだ、と言うレイジの意見はよく分からないが
ケルはその場に座って、素直に従うコトにした。

***

子どもの時の記憶は、あいまいだ。
それでもオレは、覚えている。
両親から、自分だけ嫌われていたコトは。
他の兄や姉、弟と比べてオレは邪魔者――そんな空気を敏感に感じ取ってた。

オレはそのコトに関して、開き直れる訳は無かったし
気にしないようにするのも難しかった。
関心を引こうと思って、アレコレ悪さしてた時期もあったけど
逆効果だってすぐに気付いて、やめた。

どうして自分が ( のけ ) 者にされるのか。
もちろん考えたコトもあるけど、それは二の次。
とにかく、誰かにこっちを向いて欲しかった。
弟はそうでもなかったけど、兄や姉からも少し距離を置かれてた。
そんな気がする。

知りもしない兄姉 ( きょうだい ) の悪戯を、オレのせいにされたって黙ってたし
何も言わずに、言われたことは何でもやった―――いや、やろうとした。
今思えば色々と無茶をやらされてた。
もちろん努力はしたけど、限度だってある。
買い出しの重い荷物を一人で家まで運べ、なんて良い例だ。

―――でも、時間を重ねるにつれて”冷たさ”は増していった。

そしてあの日…母親の妹一家がやって来た。
どう言う訳か、オレも話の輪の中に居たから良く覚えてる。
でもその時の母親の言葉は、もっとよく覚えてる。

「レイジはもう私の手に負えないから、よろしくね」

他の会話は分からなかったけど、そこだけは分かった。
オレは勝手に”手に負えない悪ガキ”にされていたし
自分は別の場所に住むんだって…話は難しかったから、それしか分からなかった。
でもそれだけ理解できれば、十分と言うものだ。

その日の夜に、オレはその家族に引き取られた。
結局、今までの積み重ねた努力は水の泡だった…と言う訳だ。
引き取ってくれたと言うコトは、少なからず自分に興味があるのだろうか。
胸の奥がすぅっと冷めていくのを感じ、振り返って住み慣れた家を見ながら
そんな小さな期待を、ぼんやりと抱いて―――反面、その期待が壊れるのを、怖がってた。

正直に言って、引き取られてすぐは期待よりも不安が勝っていた。
それは今でも、普通の反応だと思う。
子どもなりに、出来る限りのコトをしてきたつもりだった。
それなのに、アッサリと手放されたのだから。
詳しい事情は知らないし、そんなモノに意味なんてない。
理由なんて聞いたって、何も変わらない。

でも、意外と新しい生活は悪くなかった。
それどころか前と比べたら、雲泥の差があると言っても良い。
無理難題を言われるコトもなかったし、皆イイ人だった。

しばらくすると、逆にその優しさが何だか不安にさせて、落ち着かない時期もあった。
そんなオレの気持ちをよそに時間は経ったし、何事もなかった。
ただなぜか、両親の話を聞くとその笑顔が消えてしまうので、触れないようにしていた。
…やっぱり、ちゃんとした理由を知りたかったんだろうか。

その日はまた、街道沿いにある大きな交易都市に出向いた。
月に一度、こうして街へ足を運ぶ日がオレは楽しみだった。
どこの店も、夜から始まる祭りに備えて準備に忙しかったから、特に何をした訳じゃない。
ただいつもと違う空気だったし、妙な活気があって、それだけで楽しかった。

***

ぽつりぽつりと、少しずつ重い口を開いて
言葉を紡いできたレイジが、そこでピタリと話をやめてしまった。
「…こうして話してみると、本当によく覚えてるもんだな」
レイジの無機質な声からは、何の感情も伝わらない。
ケルに向かい合って座っていたレイジの顔は、どこか疲れて見えた。

二人の間を、そよ風が流れる。

レイジは宙を舞う木の葉を目で追うように、樹の幹に背を預けて空を見上げた。
「あちこち見て回る内に、夕方になって…すぐにオレは迷子になった」
言い終えるよりも早く、レイジは服を脱ぎ始める。
目に鮮やかな毛並みに浮かぶ、黒の斑点模様。
その胸の真中だけ、妙に模様が崩れているのに、ケルはすぐ気付いた。
だがそれが、”模様では無い”とまでは分からない。

「…これは”奴隷の印”――まだハブさんしか知らない」
ただ奴隷と言っても、果たしてこの黒毛の狼に伝わるのか。
恐らく、分からないだろう。
説明する必要があると考えていたレイジは、用意しておいた言葉を付け足す。
「要するに―――」
「ああ、レイジもドレイだったんだ」
深いため息と共に、ケルがそれを ( さえぎ ) った。

ケルのいた場所にも、奴隷だった者は居た。
話は色々と聞いているし、どんなものかは想像ができる。
「何だよ、知ってたならあんなに悩む必要無かったな…」
不満そうにレイジはボヤいた。
説明が苦手なレイジは、この話をすると決めた時から
それこそずっと、どう話そうか考えていたのだ。
その肝心な部分の説明が不要だったとなれば、小言も言いたくなる。

「…結局、迷子になった所を奴隷商人に捕まった…?」
ケルが前後の辻褄 ( つじつま ) を合わせた上で話を戻そうとしたが、レイジは首を振った。
「オレ、うまいこと皆を見つけられたんだ、人ごみの中をさ」
その時に浮かんだレイジの笑顔は、すぐに消えた。
「オレが笑って声を掛けて…手を振ったら、どうなったと思う?」
ここまで話を聞けば、ケルにすら何が起きたかは察しがついた。

でもケルには、どう答えれば良いか分からないでいた。
―――私は、あなたがやったなんて、知りたくなかった!
ケルの頭の中で響く、あの声。
きっと自分は、あの少女に”その家族がレイジにしたのと同じ仕打ち”をしたのだ。
それが”配役”だったと思おうとしても、ケルにはレイジに何も言える訳が無かった。

「慌てて逃げたんだぜ―――つまりそう言うコト」
「…どうして?」
「さぁ、やっぱり邪魔だったんじゃねーの?」
レイジは笑いながら答えていたが、その眼は暗く沈んでいた。
その眼を見つめながら、ケルは考えていた。
―――あの時自分は、何をどう考えていたのだろう…


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