「…おまえまで、そんな暗い顔すんなよ」
レイジが呆れたように、ケルに笑いかけた。
「ごめん」
「いや、謝んなくても…まぁいいや。
その後は、あっという間だった」
***
オレの目には、今でも。
人ごみに消えていく
ふと我に返って、オレが最初の一瞬に感じたものは後悔だった。
あのまま迷子だと思ってれば良かったのに、見つけなければ良かったのに。
その次は、自分を殴ってみた。
ちょっと良い思いをしたからって、良い気になってたんじゃないか。
きっと、自分は”引き取られた”んじゃなかったんだ。
ただ”押し付けられた”だけだったんだと、そう思った。
怒りはその後だった。
こんなことなら、どうしてあの時に自分を迎え入れた。
どうしてすぐに、放りださないで妙な期待を抱かせた。
答えなんて知らない、ただ―――
―――最後は、どうでも良くなった。
祭が始まって、辺りが活気づいたけど
それはもうただの耳障りな喧騒で、見たくなくて、とにかく離れたくて。
一人になろうとした路地の裏で、妙な大人に捕まった。
胸の印は、その時に付けられた。
何度か、知らないヒトに引き渡された。
ただ、今までの生活と大した変わりは無い。
誰も彼もみんな、こいつらは一緒。
最初の”主人”も、その次も、その次だって。
必死に振り向かせようとした親ですら、もう同じだった。
何を見ても聞いても言われても、何も思わないようにしてた。
だから、あまりその辺りは記憶が確かではない。
でも。
ある日、街で子どもを見た時に―――何かがうずいた。
きっと自分と同じくらいの年だろう。
その子は笑いながら大通りを走りぬけていく、ただそれだけ。
オレには、なぜかそれがカンに障った。
不思議な話だが、別にその子に何かしようとは思わなかった。
自分でも驚いたが、オレは突然”主人”を振り切って逃げ出したのだ。
普段から”従順なイイコ”だったから、オレは首輪や鎖で繋がれていなかった。
なんとか逃げ切って、息を切らしながらどうしようか考えた。
奴隷として色々やって来たし、どこかで働けるかも知れない。
―――この、胸の印が無ければ。
かと言って、奴隷の身で何か悪さをしでかせば
きっと誰も許してはくれないし、守ってもくれない。
―――守ってくれない?
浮かんだ考えに顔をしかめて、思わずオレは壁を殴りつけた。
今までだって、誰も守ってなんかくれなかったじゃないか。
でもならどうする?
奴隷の上に子ども、ついでに体中が汚れてる。
まともな服が無ければ、胸の印を隠すコトすらできない。
空しく思考は堂々巡り。
いつの間にか細い路地の間で、座り込んで眠ってしまったらしい。
目が覚めると酷く疲れてたし、腹も空いていた。
眠ってる間に”主人”に見つかって連れ戻され、
目を開ければ、今日の一件で怒り狂っている顔が見下ろしていた―――
―――などと言う展開で無かっただけ、マシだろうか。
ふと、
こすった腕が濡れていて、そこで自分が泣いていると気付いた。
あの祭の日だって涙は流れなかったのに、どうして今更。
急に自分が大それたコトをしてしまった気がしてきて、オレは怖くなった。
逃げ出したは良いが、その先で野垂れ死んでしまうのでは、あんまりじゃないか。
なんとか空腹に耐えていると、辺りの家からは食事の香りが漏れ始める。
そんな拷問じみた状況に、我慢できるハズが無かった。
ふらふらと、アテもなく歩き。
店を閉めている一部の露店に目をやって。
自分の鼓動が恐ろしく大きな音を立てているのを、感じていた。
別に、物を盗もうとは思っていない。
それでもオレは、不安で仕方なかった。
「あの、おじさん」
左手で右手を包むように、組んだ手を胸元に置き
何かを必死に頼む素振りで、胸の印を隠しながらオレは露店の一つを訪ねた。
「これ、くれませんか」
恐る恐る、男に話しかけてみる。
そこには、目当ての食べ物があった。
売り切れや営業時間の兼ね合いで、露店が閉まっていけば望みは無くなる。
「良いけど、ボウヤ一人かい?」
気遣うようなその男の表情に、オレは困ったように答えた。
「迷子になっちゃって…お金、ないんですけど…」
「あー、いいから。ほら、食って良いぞ」
涙ぐんで見せると、男はあわてて肉と果実を手渡してくれた。
オレはまだ背も低かったし、実年齢よりも子どものフリをするのは楽だった。
こんな具合で食べ物を調達する方が、盗むよりも安全で効率も良かった。
「親を探してやろうか」などと声を掛けてくる者もいたが
そう言う手合いからは、適当なコトを言って逃げれば良い。
でも、そうそう上手くは行かなかった。
ある日、知らない男に呼び止められた。
ぼろ布をまとった、酷く
茶色の毛皮は、汚れてほつれて、ぼろ布との区別が難しい。
うっかり、一瞬足を止めてしまったコトに後悔しても遅かった。
その男の後ろから、あるいは横から。
オレの横からもゾロゾロと人が現れて、あっという間に囲まれてしまう。
皆同じような恰好をして、同じように痩せていた。
暗い路地に、目だけが光っていて不気味だった。
「おまえ、ずいぶん”美味しいコト”してるなぁ?」
男の一人が、オレを睨みつける。
なるほど。
オレと似たような立場の連中を、敵に回したらしい。
一人だけ上手く立ち回っていれば、当然のように目立つ。
オレが、どう対応すべきか迷っていると。
ガッ
後ろから突然、頭を強打されてオレは地面に突っ伏した。
こんな状況で、一度倒れたらもう終わりだ。
何も抵抗できずに、逆恨みだか何だか分からない、バカげた暴行に耐えるしかない。
だが、意外とすぐにそれは治まった。
ただひたすら頭と腹を護っていたオレには、何が起きたか分からない。
だが気が付くと、オレを呼び止めた茶猫が何者かに睨まれていた。
「…おまえと”同族”だなどと、思いたくは無いものだがな」
その正体不明の男の声に、ぼろ布の連中は
文字通り、まさに尻尾を巻いて逃げていった。
どうやらオレは、助けられたらしい。
「大丈夫か?」
かがんで顔を覗き込むその人物は、虎縞模様のある猫族の男だった。
オレを心配そうに見つめるその眼が、嘘くさく見えた。
「あんた、奴隷商人?」
***
「―――それが多分、オレがハブさんに言った最初の言葉」
レイジは、そう締めくくった。
「それでよく、ここまで付いて来たな…」
「おまえ、オレがホイホイ付いて行ったと思うか?」
ケルの感心した声に、しかしレイジは苦笑で返す。
そこでケルは思い出す、自分が連れ込まれた時のコトを。
「…あぁ……」
それだけで、レイジには伝わったらしい。
「そう言うコト。
さすがに、たまたま遠出してたハブさんに見つかっただけだから
最後の方は自分で歩いたけどな……嫌々ながらも」
レイジは立ち上がって、脱いだ服を着始める。
「これでオレの話はおしまい。
…おまえが来てくれて、良かったよ」
「どういうこと?」
ケルも立ち上がって、土ほこりを払う。
「自分で言うのも変だけど…
オレ、軽い人間不信気味だし…どう接したら良いか分かんなくてさ」
ケルの目には、レイジはいたって普通に見えていたが。
そんな様子があったかどうか、ケルは反射的に記憶をたどっていた。
「…でもおまえが来てから、何か分かった気がする」
苦笑でも自嘲でも無く。
今度こそ、レイジはケルの知っている笑いを浮かべた。
「だから、礼を言おうと思って」
差し出された手を、ケルは握った。
この後、無断で長々と家を空けた二人が
白猫親子二人から、さらに長い時間説教を食らったのは、また別の話。
2.変貌 −Fin−
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〜あとがき〜変貌:その事象がすっかり別の物に変化する様。
主人公の状況がガラッと変わるので、この名前に。
なんで登場人物が生粋な人間じゃないかって?
それは単に、『変貌』の部分で言うと”白い顔がダブる”と書くため(ぇ
人の顔だと似てる似てると書いておかないと、唐突すぎるし。
その点、毛並みの色なら問題なし!たぶん!
もちろん他にも理由は色々。
…さりげなーく、”生粋の人間が登場してるっぽい描写”のある話もありますが。
ちなみに生粋の(略)が居ないので、登場人物は皆人間扱いです。
駆月は(人)馬月から来てます(だって半人半馬なんていないし)人馬=射手座。12月頃
渦角は、渦巻く角=山羊座です。1月頃でしょうか。
数字を使うのに抵抗があったので、こうしてみました。
サジタリウスとカプリコーンと言うそうな。
林檎の登場時期がおかしいのは……直せるかなぁ