「ベルク…街、行かない?」
次の日の朝、ルジュはベルクにそう持ちかけた。
なんでも、”食堂、兼雑貨屋”の方を営業再開するらしく。
その知らせに、ルジュが街へ出向くコトとなったそうだ。
敷地の関係もあって、街のはずれにあるが
意外と客足はあるのだと言うから、評判が良いのだろうと想像がつく。
ハブの指導する道場の方は、一応”半分”休止状態だったそうだが
自由開放の知らせもきちんと出していないので、それも済ませるらしい。
もちろんルジュとしては、街の友人にベルクを紹介する気があったし
依然として服を貸し出し中のレイジは、
服飾店で、ベルクと自分との買い出しを予定していたが。
ベルクは無論、そんな話は聞いていないし、考えてすらいない。
レイジは別件もあり、一足早く先に行ってしまっていたから
出かけるのは、ルジュとベルクの二人だ。
「…行く、支度するから少し待って」
夜にずいぶんと騒いだせいで疲れてはいるが
ベルクとしても、一度街は見ておきたい。
何の支度をするのかと首をかしげるルジュを置いて、ベルクは部屋へ急ぐ。
といっても最低限の武器を携帯する、ただそれだけの支度だったが
ルジュ達が聞いたら、不満そうな顔をすると思ったから、ベルクは何も言わなかった。
部屋で一人、短刀を手にすると、夢から覚めたような感覚を覚える。
昨日は盛大に”お祝い”とやらをされたのだが
自分があんなに誰かと笑っていただなんて、今でも信じられない。
―――こんな覚えていたい思い出なんて、数えるほどしか無いな
そんな考えが、ふっと浮かんだ。
「終わった、行こう」
階段の下で待っていたルジュに声をかけ、
二人はベスティに行き先を告げて、出発した。
家を出ると、弱いながらも温かい光が降り注いできた。
目を細めて空を見上げるが、まぶしすぎて琥珀の瞳には何も映らない。
「おーい、置いてっちゃうよ」
ルジュはゆっくりとコマのように回りながら、両手に持った小さなカバンを振り回した。
「ああ、行こう」
昼に外へ出るなんて久しぶりだなどと、それを聞いたらルジュは驚くだろうか。
ベルクは小さく笑って、歩き始めた。
並木道を通り越し、林道と化した細い道を進むと、土地を丸く整地された広場が見えた。
とは言っても土をならしただけで、石は使われていない。
代わりとは言えないが、落ち葉が足元をギッシリと敷き詰めている。
広場には、ベルク達が来た道とは違う道が、アチコチへ伸びていた。
中央には、赤レンガの積まれた花壇があり、
黄色い大きな花や、白く小さな花で彩っている。
さらにその中心には、少し太めの木の棒が付き立っていて
その上の方には、枝が生えるように板がぶら下がっていた。
「ここは第三広場、あたしの家ももちろん街の中なんだけど
ここは街の中心部へ続く、もう一つの西の玄関口なの――これが案内板」
そう言ってルジュが指し示すのは、花壇の中に刺さっている木の棒。
いくらなんでも、ベルクだって街を歩かねば何処へも行けない。
これが案内板だと言うのは分かっていたが、何も言わなかった。
―――街の景色なんて、じっくり見たこと無かったな…
ぼんやりと、そんなことを考えて、ベルクは後をついていった。
風が強いが雲でかげること無く、空はよく晴れている。
広場から続く、他よりも太くしっかりした道を歩き
周りにチラホラと家が見え始めたのを感じながら、ベルクは妙な気分でいた。
こんな日が来るなんて、本当に思っていなかった。
どこか嘘のように思えていたものが、改めて現実味を帯びた。
「あのアーチをくぐると、商店街なの」
前方少し情報を指さして、ルジュが笑いかける。
そこには年季の入った半円状の木製アーチが見えた。
この辺りはベルクも通ったハズだったが、あまり注意を向けていなかったらしい。
「夜に通った時は気付かなかったな」
そのまま先に進むのかと思ったが、ルジュは横手の家へ歩いていく。
「ベルクはそこで待ってて、まず最初にココ行かないと」
ベルクが何も言う間もなく、ルジュは勝手に家へ上がりこんで行く。
もしレイジがこの場に居れば、すかさずツッコむだろうが
残念ながら、少しばかりタイミングが合わなかった。
「おー、意外と早かったな」
ベルクの後ろに現われたのは、噂の豹の男。
木々が葉を染める今の時期に、この男の容姿はよく似合っていた。
「ルジュはどう…ああ、中か」
レイジは言い終わるより早く納得して、顔をしかめた。
「…おまえは、あいつの真似するなよ。この家は特別だ」
レイジがため息をついていると、中から小さな悲鳴が聞こえた…気がした。
ベルクがレイジを見ても、ただ小さく首を横に振るだけ。
何も聞くなと言わんばかりの様子に、大人しくベルクも従っておく。
それからややあって、がちゃりとドアが開いた。
出てきたのはルジュと、背の高い鹿族の女。
ベルクよりも年上であろうその人物は、ひたすらだらしなかった。
どうだらしないかと言われれば。
目はトロンとしてるし、朝食なのか何なのか…
良く分からないものを片手に食べているし、服も乱れっぱなし。
まだ眠いのか、よろよろとしていて立っていられそうにないし。
…挙げているとキリがなさそうなくらい、と言った方が簡単か。
なぜか白の斑模様を浮かべた、女の深い藍色の毛だけは、妙に艶やかだったが。
「あれ、レイジ…戻って来たんだ」
ルジュのちょっと驚いたような声を聞いた途端に、その女は覚醒したらしい。
突然あたりを見回して、正面のレイジを見つけると息をのんだ。
右手の食糧が入っている袋をポロリと落とし、驚愕の表情を見せる。
「レイジがルジュ以外の誰かとベッタリしてる……!?」
「ただ隣に立ってるだけだろぉが!」
「あたしがいつ、こいつとベッタリしてた?」
顔を赤くし、空に向かって声を張り上げるレイジと
優しい表情のまま、女の横に突き出た耳をギリギリと締め上げるルジュ。
ベルクは外向けの笑顔を浮かべたまま、不動を決め込んだ。
一段落した後、三人はそのまま女の家へ上がった。
「まったくさぁ…」
女は床に座ってブチブチ言いながら、耳の手当てをしていた。
「何も爪立てること無いでしょー? 冗談の通じない奴なんだから」
「ふーん…冗談だったんだ?」
椅子に腰かけ、頬杖をつきながらのルジュの反応はまるで他人事だ。
「いや、さっきのは本気だけどぉ」
「…その正直な性格、あたし大好き」
その言葉が終わるより早く、後ろの本棚から崩れた本が女に降り注いだ。
…本当に一段落した後…。
「私はメドウ、雑貨店を任されてるよ」
身だしなみを整えた女が――眠そうな目は元々だったらしい
打って変わってハキハキとした感じで、自己紹介をした。
「今仕事モードに入ってもなぁ…」
「身だしなみを今更整えても…」
などと、横から茶々を入れる豹と猫は無視され話は進む。
「あ、俺、ベルクって言います」
「ベルカンドって、あたし達が付けたのよ」
おずおずと名乗るベルクと、意味ありげな視線をメドウに送るルジュ。
「あぁ、するとこの子だったんだ”噂の客”は」
なるほど、とうなずくメドウの頭の両脇で、飛び出た耳が振り子のように揺れていた。
「見ての通りもう大丈夫だから、お店をまた始めようと思うの」
「分かった、準備があるから帰りにまた寄って」
メドウは壁に背を預け、なぜか余裕の笑みを浮かべて手をパタパタ振った。
「とか言って、もし寝てたら……」
レイジの言葉に、ルジュとメドウ、二人の耳がピクリと動いた。
「そんなこと、ないよね?」
ルジュの言葉に、どこかぎこちない動作で起き上ると
メドウはそそくさと、荷物をまとめに向かった。
「…大丈夫なわけ?」
ベルクの問いに、二人はあいまいに頷くことしかできなかった。