三人は商店街を歩いて、買い物をしていた。
道行く人から声を掛けられる辺りは、ルジュの社交性の
レイジはどこか戸惑っている様子だったが、それはベルクも同じだった。
「あの人って、どうして自分で店を持たないの?」
焼けた肉やら魚やら、不思議に香る草花やら…
いろんな匂いがごった返してる上に、見るのも初めての物ばかりで
ベルクは少しばかり挙動不審になりながらも、二人にそう聞いてみた。
「あの人って…メドウさんのコト?」
首をかしげるルジュにベルクは頷いて返すが、答えたのはレイジだった。
「なんでも、設備維持が面倒だって話だぜ」
「…家を間借りした方が、気が楽って意味?」
ルジュが何か言いたそうな顔をしているが、レイジは憮然としたまま続けた。
「そーゆーこと。基本的に面倒くさがりなんだ、あいつ
…オレに絡んでくるのも面倒臭がってくれりゃ良いのに…」
斑模様の顔が険しくなってピリピリし始めたから、ベルクはそれ以上何もいわなかった。
ルジュの顔を見て不機嫌に目をそらすあたりからして
ベルクは何かありそうだとは思ったが、やはりルジュも口は開かなかった。
「なんだ、レイジって意外とよく喋るんだ」
不意に上がった横手からの声に、まともに驚く白猫が小さく跳び上がり
声に加えて肩に置かれた手にも過剰な反応をした豹は、ベルクの後ろに隠れた。
「あ、あんた、いつもいつも…突然声かけるのが趣味なの!? てか何処見てんのよ!」
ルジュの非難の声にもビクともせず、その男はベルクの方に顔を向けて。
「でも彼は、僕のコト気付いてたよ?」
そう言ってベルクに笑いかけると、細い男の目がさらに細まる。
どこを見てると言われても仕方のないほど、細い目だった。
柔らかな黄色い、ふわふわとした羊毛のおかげで、目の鋭さは和らいでいるが。
「僕はパギーアン、パギで構いません。ルジュのお父様、ハバーナ師範の門下生です」
「ベルカンド…ベルクって呼んで」
軽く挨拶を交わし。
「相変わらず存在感のない奴…」
やはりベルクの後ろから、身を小さくして顔だけ出し呟くレイジ。
さらりと酷いことを言った気もするが、パギは気にした風もなく苦笑した。
「君は相変わらず、人付き合いが嫌そうですね」
「……」
ベルクが思うに、嫌いと言うか苦手なだけだろうが
それを言うのは、やめておいた方が良いような気がした。
「それで…もしかして、練武場が開放されるんですか?」
こうしてやっと、本題に入り―――街中を話して回ってルジュの用件が片付いた頃。
ベルクは少々、人疲れをしていた。
神経を
人と会話をしていれば、それも無理のない話だった。
あたりに追手の影は無いように思えたのが、幸いだろう。
ベルクは隠れるのが得意な分、それを見破るのも得意だった。
街を歩きながら、衣類やら日用品やらの購入も済ませているし
日も傾き始めているのを考えると、そろそろメドウの家に戻るべきだろうか。
街を歩いて分かったことだが、”突然ベスティの店に誰かが押し掛けたせいで、臨時休業をしている”
…そんな話にアレコレ尾びれ背びれ腹ビレがひっついて。
妙にベルクの存在だけが、一人で勝手に歩いていたらしいコトが良く分かった。
ハブの愛人だと思ったが、まだ子どもだった…とか。
いやそれ以前に男だった…とか。
良く分からない驚かれ方をしたし、それで賭け事をしてる連中すらいた。
果物屋を自営している、子どもを背負った赤猫の女は
軍の脱走兵みたいなコワい人かと思ってたけど、意外とカワイイとか言う理由で
色とりどりの果実をバスケットに詰め込み、それを渡してくれた。
レイジと中に入った男物の服飾店でも、同じように店長に目を付けられた。
おまえのような奴に着せたい物が入荷された、と告げる灰猫の目が光ったかと思えば
あっと言う間に丈の長いコートやら、生地の丈夫なパンツやらを押し付けられてしまった。
特別に半額で売ってやるから、それ着て街を歩けとのこと。
店の宣伝にもなる…らしい。
実際、店の場所を何度か聞かれた。
ルジュの友達とやらにも紹介されたが、
好奇の視線に晒されるのは不慣れだったから、レイジの気持ちが少し分かった。
あまりにめまぐるしくて、明日になったら名前と顔がゴチャ混ぜになっていそうだった。
「さすがにこれは普通……なのか?」
店の前で花なぞ受け取りつつ、我が身に起きた事態に困惑するベルク。
この周囲からの待遇が、さすがのベルクにも異常に思えたのだが
もしかしたら、これが普通なのかも知れない。
どうにも断言できずに、二人に聞いてみた。
ルジュが言うには「ここは新入りを歓迎する習わしがある」そうで
レイジに言わせれば「この辺は猫族が目立つ場所だから」と言う話らしいが。
ベルクがココでは目立つと言うなら、もう一人いたはずだ。
1年ほど前に来た新入りで、猫族では無い人物が。
「じゃあ、レイジは?」
「オレがこう言うの苦手だって、分かってて言ってるだろ」
「…ああ、そうだった」
と言う訳でこんなコトが続けば、疲れるのはもちろんのこと…。
「で…オレ、やっぱ直接家に帰って良いかな」
赤く染まり始めた空を見上げ、朱色に毛皮をきらめかせてレイジはボヤいた。
メドウの家に寄れば、もれなく全員荷物を持たされることは請け合い。
なのに既に、あれよあれよと物を渡され声を掛けられ。
レイジは既に、いっぱいいっぱいな状況だった。
ベルクももちろん、荷物を持っている。
「だめって言いたいけど、それじゃねぇ…」
ルジュが引きとめた所で、レイジがこれ以上何か持てるとも思えない。
…しばし考えた末に、彼女は思いついた。
「じゃあ家に帰った後、また荷物取りに来るってコトで!」
「ヤダ」
「えー…」
などと素早く展開する二人のやり取りに、ベルクは口を挟まないようにしていた。
察するに、今度ばかりはレイジが優勢に思える。
「あいつが荷物持てば良いだろ、怠けグセばっか付けやがって」
けっと面白くなさそうに、レイジは空へ悪態をつく。
その時、ベルクの視界で何かが光った―――丁度、日の沈む前方で。
夜になる一瞬に放たれる光では無い。
それが何かに気付いて、すぅっとベルクの背筋が凍りついた。
首筋から全身へ、ざわざわと総毛立つのを感じる。
―――発作だ