鏡ノ欠片

宣告

結局、眠ったのは深夜過ぎだったが
ベルクはずいぶんと早くに目が覚めた―――誰か、いる。
ふと外を見ると、荷物を背負った人影がやって来る。
足音を忍ばせる気もないらしい、その人物が誰かはすぐに分かった。
メドウに違いない。

持ち込まれた荷物は、その先にはベスティ達の私室があると言う廊下へ運ばれて行く。
そこは立ち入り禁止と言われていたが、良く考えてみれば
この家には、店を開けるような場所は他にはない。
禁止の理由は、メドウ絡みだろう。
「手伝いましょうか?」
レイジは面倒臭がりだと言っていたが
こんな時間に一人で何度も道を往復するなんて、面倒そのものだ。

「ああ、起こしちゃった?」
すまなそうな顔をするメドウの手から、荷物を取ってベルクは首を振った。
「…あなたのこと…レイジは、どうして嫌ってるんです?」
自分の事を聞こうと思っていたのに、ベルクはまったく別の話をしていた。
居間を横切り、開け放たれた正面の扉をくぐる。
真っ直ぐ進んだ場所に、部屋が見えた。
「あの子、良いセンスしてると思ってねぇ。
 前に私の仕事を教えようとしたんだよ」
ベルクを先導しながら、メドウは話し始めた。

「…仕事って?」
正直、今運んでいるものを何に使うのか、ベルクには見当がつかない。
医者が持っていそうな物も、いくつかあったけれど
古びた布やら、植木鉢やら、輝く細い棒で作られた精巧な何かだとか。
とりあえず、レイジがこう言った物を使っている様子は、想像が難しい。

「色々だよ、雑貨だしね。
 ただあの子、妙に薬の調合が上手いって言うか、知識があるって言うか…」
声を詰まらせながら、彼女は荷物を床に下ろす。
ベルクの荷物を下ろすのも手伝い、そこで一息。
「…で、私が色々教えてやろうとしたんだけど、ね…」
「それがどうして、ああなるんです?」
さぁ、とメドウは肩をすくめて見せるだけ。

次の荷物を取りに、再び居間へ。
「それより私は、君の方が心配なんだよねー」
右肩をぐるぐる回してほぐしながら、メドウは振り返ってベルクを見た。
「心配…って?」
「早く”秘文”の知識を身につけないと、とんでもないコトになるよ」
そんな言葉を笑顔で言われても、いまいち実感が湧かない。

昨日は時間も遅かったせいで、あの後に軽く物を口に入れて
すぐに全員寝てしまったのだから、何かを話す時間なんて無かった。
「今回は運が良かったけど…このままだと、間違いなく死ぬね」
荷物を持ち上げながら、メドウがサラリと言い放ち。
ベルクは危うく、底に草の敷き詰められた壺を落としかけた。
「し、死ぬ?」
「でも私がちゃんと教えるから、大丈夫じゃないかなー?」
―――そこはハッキリと、大丈夫だと言ってくれないと困る。

ベルクはその後も、アレコレ聞いてみたが結果は同じ。
「もう眠い、起きたら話す」――以上。
誰もいなくなった居間で一人、ベルクは呆然と立ち尽くしていた。
目が覚めたコトを、恨みながら。

いつの間にか朝になって、まずベスティとレイジが起きた。
その物音に気付いてか、後を追うようにルジュが。
…肝心のメドウは、やはり眠ったままらしい。
「…おーい、ボサ介?」
ベルクがテーブルに頭を投げ出して、ため息をついていると
目の前にルジュの顔があった。
こう呼べば、物思いにふけるベルクの意識を戻せると、ルジュは知っている。
ベルクにしてみれば、不本意ではあったが。

「どした、この世の終わりみたいな顔して」
「…別に…」
テーブルに顎を乗せた喋りにくい体勢のままで
ベルクはもごもごと返事をするが、明らかに大丈夫では無い。
話したくないのか、話せる内容では無いのか。
残念ながら、この白猫少女にはそんな問題は無意味だった。
きれいな黒のラインの入った手を、にゅっと伸ばし。
おもむろに、ルジュはベルクの口に指を突っ込んだ。

「うぅうう〜〜っ!」
訳の分からない呻き声を上げて、ルジュと取っ組み合いを始めるベルク。
その口の端をルジュの白い指で引っかけられ、思いっきり横に引っ張られていた。
歯で噛もうにも届かず、無理に引き離そうとすれば、引っかかって痛い。
「…何やってんだよ、おまえら」
顔を右へ左へ傾けながらの、二人の珍妙な踊りは
レイジの呆れかえった、その声で幕を閉じた。

「あの野郎、ベルクにまで余計なコトしやがって」
レイジは不機嫌をあらわにして、鼻を鳴らした。
「でも要するに、また発作が起きる前に、メドウを起こせば良いんでしょ?」
簡単じゃないの、と呟き、スタスタと客間へ向かうルジュ。
メドウを起こしても、ベルクが色々と覚えなければいけないのだが。
それを告げる間もなく、二階から響く悲鳴。
「朝ご飯できたけど…あら、寝不足?」
その悲鳴には頓着 ( とんちゃく ) せずに、ベスティはベルクの顔色から体調をを聞いただけだった。

頭をさすっているメドウが、朝食の場に引きずり出された。
「あー…その、怒ってる、とか?」
「あんなこと言われて放っておかれたら、普通は怒る」
恐々と話を切りだすメドウに、ベルクはしっかりと頷いて返す。
メドウは深々と頭を下げて、本題に入ろうとしたのだが。

「ったく…死ぬなんて、テキトーなコト言うんじゃねーよ」
メドウの向かいの席に座るレイジは、だいぶ機嫌が悪い。
肉をほおばりつつベルクの皿に、自分の皿から生野菜を移していく。
それを嬉しそうに、黙々と口に運ぶベルク。
先程からずっと、このやり取りが二人の間でコソコソと行われている。
と言うコトは、もちろんこの場の全員が知っている ( ・・・・・・・・ )
正確には、ベルクが同じ食卓についてからずっとなのだが。

「…ボサ介、証拠隠滅なんてしなくて良いんだよ」
話の腰を折らないようにしていたルジュだったが、さすがに我慢できなくなったらしい。
その呆れた少女の眼差しに、首をかしげるベルク。
「大丈夫よルジュ、レイジは後で飲みたい ( ・・・・ ) んだって」
何でもないようなベスティの声に、しかしレイジは青ざめた顔をして
かなり慌ただしく、ベルクから自分の野菜を取り返していく。
「あぁー…」と、何とも残念そうなベルクの声。

「…確かに無責任だったけどー、そんなすぐ危険な状態にならないし
 私が責任持って教えるから、大丈夫大丈夫ー」
のんびりとした口調ながらも、その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
―――本当に大丈夫だろうか。
そんなベルクの疑念をルジュが察知したのか、メドウの情報を補足する。
「きっと大丈夫だよ、だって―――メドウも秘文症だもん」
「オレ聞いてねぇけど!?」
「聞き流してたんでしょ、どうせ」
すかさず反応したレイジに、ルジュが冷たい視線を送る。

「あたしも教わったコトがあるから、大丈夫。
 まさかと思ったけど、昨日の一件も”そのまさか”だったみたいだし」
「詳しい話は、メドウから色々聞くと良いわ。
 メドウ、最初から教えてあげてもらえる?」
白猫親子の反応に、上機嫌なメドウは二つ返事で了解した。
レイジが食器をまとめて、調理場へ下がると
ベルクも席を立ち、メドウと外へ向かう。
「途中で居眠りするようだったら、その耳噛み千切って良いからね」
背中から掛けられたルジュの声に、メドウは横に飛び出した耳を撫でつけそっぽを向く。
「あー……考えておくよ」
何処まで冗談か分からないまま、とりあえずベルクは笑ってみせた。


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