「まずは、秘文の話を少し聞いてもらって
その後に実際何がどうなってるか見てもらう。
その上で時間が余ったら、自力でやって見る―――いいね?」
家の外、道から外れた林の中でテキパキと手順を説明するメドウ。
普段からこう、キビキビしてくれたら良いのに、と思ってしまうが。
とりあえず、”いいね?”と言われてもベルクには答えようがない。
「まず秘文ってのはね…」
メドウはそう言いながら、足元を探して石を一つ拾い上げる。
「たとえば、これ。
この石の大きさ、色、形、重さ、手触り…
後はそうだな、硬さとか何に弱いか…とか。
そう言ったものが、秘文を見れば”理論上は”分かるって言われてる」
片手で石を放って取ってを繰り返しながら、メドウはそこで言葉を切った。
「ここまで、良い?」
ベルクは初めて耳にする内容を、頭の中で繰り返し
しばし考えて、一つだけ疑問を口にした。
「理論上はって…どう言う意味…?」
「あんなゴチャゴチャした光の模様を、しっかり読めればって意味だよ」
言われてベルクは納得する。
「この症状は、患者の報告件数が少なくてね…。
研究者も少ないから、まだまだ情報が足りないんだけど
それでも分かってるのは、人によって少し症状が異なるってコト。
…もちろん、私と君も違うはずさ」
ベルクはふっと、昨日の晩に”特異な症状”と言われたのを思い出した。
こんなモノ、見えない方が良いに決まってる。
「そんな暗い顔しなーい、むしろラッキーだと思って欲しいね」
メドウは片手で小石を放っては取り、を繰り返している。
―――ラッキー? 俺が?
そう考えたのが、顔に出たらしい。
「あ、疑いの眼差し…信じてないね。
でもベルク、君は昨日の帰り道で何をしたか…分かってる?」
言われてベルクは、小さく首を横に振って肩をすくめた。
「発作が起きたけど、ちっとも苦しくなくて。
…それが……嬉しくて…その、つい」
「走り出しちゃったって?」
コドモじみた話に、尻すぼみになる言葉を、メドウが拾う。
小さく漏らしたベルクの肯定の言葉が、彼女には何故か満足だったらしい。
「ベルクは知らないみたいだけど、昨日は街でちょっとした騒ぎが起きたんだよ」
「…強盗とか?」
「いや、何と言うか…食べ物が巨大化したり、道が凍ったり…」
メドウは言葉を選びながら、ゆっくりとベルクに答えた。
良く分からないと言う顔をしていたベルクだが、話の流れから察するに。
「まさか、それを俺がやったとでも…?」
「そーゆーこと」
あっさりと答えられても、ベルクには信じられない。
「ただ走ってただけなのに? なんで?」
「君が
一瞬、ベルクは自分の耳を疑った。
「……何を?」
「秘文を」
「触れるものじゃないだろ?」
そんなこと、今まで一度たりとも起きなかったが
だからと言って、冗談だと笑い飛ばせる話でもなさそうだった。
「患者の中には触れる人も居るのは知ってるよ、ごく少数だけど。
でも君みたいに素手で触れられるって言うのは…初めてだね」
「…それで、どうすれば?」
「とりあえず、それなりの知識と技術が身につくまでは
もし発作が起こった場合、指一本たりとも動かしちゃダメ」
そんな無茶な。
もしも追手との交戦中に、そんな事態になったら…。
「と言っても、ジッとしてたって”行くトコ”まで行っちゃえば
自分の身体が持つ秘文が、周りと混ざって消えちゃうんだけど」
その言葉に、しばしベルクは地面を見つめ。
自分の身体が、宙に溶け消える様を想像して顔を歪めた。
襲ってくる吐き気をこらえて、なんとか声をしぼり出す。
「何をすれば、そうならないかって…それだけ聞ければ十分なんだけど」
それでもゲンナリと、そう伝えるのがやっとだった。
メドウに言われたことは少ない。
まず最初にやるコトは、秘文を好きな時に見えるようにすること。
つまり抑えるのではなく、呼び出す訓練。
あんな話の後では怖さが先に立つが
起きた発作を鎮めるのでは、発作を待つ必要があるので効率が悪い。
「いつでも見えるようになれば、その逆だってできるんだよ」
―――なんとも簡単に言ってくれる。
それさえ出来れば当面は安全と言われた以上、やるしかないが。
「”行き過ぎ”の時は、私が止めるけど…
まーそんなこたぁ、始めたばかりじゃ無いだろうね、はっはっ」
なんともコドモ扱いしているような、そんな笑い声をあげながら
メドウは携帯している鞄から、いくつも草葉を取りだして選別を始める。
その様子に不安を覚えたが、ベルクは何も言わなかった。
ぼんやりと、ゆらぐ景色の一点に意識を持っていけば、時折そこに光が現れる。
それでも中々コツはつかめないし、すぐに現れた光も消えてしまう。
そっぽを向いたままのメドウから、いくつか助言もあったが簡単にはいかない。
休憩にしよう、とメドウに声を掛けられ気を抜いた瞬間
足から力が抜けて、ベルクはその場に崩れた。
「あらら…疲れちゃった?
無意識とは言え、昨日はもっと無茶したんだからね、体力つけな」
言葉を返す気力もなく、ベルクは仰向けに倒れて深く息を吸った。
「せっかくそんな先天的な技術があるんなら
こんなことも覚えてみたらどう?
戦術上、オマケ程度にでも扱えれば十分だろ―――ルジュも羨ましがるよ、きっと」
手袋をはめた左手で、メドウは小石を握りしめ宙へ放った。
すぐさま、先端の輪に鳴子を付けたような杖を振るう。
石を追うベルクの視線が、一点で止まった。
小石が、落ちずに静止している。
「まさか…」
「私も枝があれば触れる…ほんの少しだけど。特にこの杖を使えばね」
驚きの声をもらすベルクに、メドウが笑いかける。
「そう言えば…ルジュも、何か…教わって?」
肩で息をしながら、かすれる声でベルクは聞いた。
「今見せたみたいなものをね、知りたがってた。
普通の子は訓練を重ねたって、秘文を見ようとする度に手間がかかるのに
君は一回コツをつかめば良いんだから、楽なもんさ」
それを聞きながら、ベルクは考えていた。
知恵と知識は、あればあるだけ良い。
できることがあるなら、やるべきだろう。
「やってみる」
ベルクの返事を、メドウが快諾する。
「なら秘文が連なってできる”則式”の意味を、多少は覚えないとね。
もっとも、こんな基礎はとっとと終わらせないと、見込みも無いけど」
「……やってみる」
さきほどの声よりも自信がなさそうに、ベルクは繰り返した。