鏡ノ欠片

弱点

ベルクが受け取ったのは、幸運を運ぶと言われる
繊維の丈夫な水草を飾りヒモにした、琥珀のブレスレットだった。
どうやら、あの装飾店を営む一家にとって
売り物にできない大切なものまでもが、盗まれていたらしい。
あれだけの荒事の中で無傷で取り戻せたことに、ベルクは感謝された。
結局は押し切られて、このブレスレットは返せなかったのだ。

「君の目にそっくりだ」
そう言って、店の工房を仕切る年配の猫族の男は笑った。
店頭での接客を務める妻は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すぐに礼もせずに―――」
「え、あの、待って下さい」
あたふたとベルクが戸惑って、最後は互いに謝り合う奇妙な形となった。

例の盗みを働いた牛男は、身柄を引き取った巡護隊 ( プロノン )
話を聞きに行ったところ、本当に重傷では無いらしいから良かったのだが。
とりあえず、薬草など買い集めたものを、渡しておいた。
もちろん巡護隊 ( プロノン ) の一人から小言はあったし
奥の部屋から出てこなかった、例の男にはお人好しと笑われて。
ルジュとレイジも同じことを言っていたが、結局は付き合ってくれた。

だが、その件が治まる前に、事態はさらに動いた。
内心、自分の軽率さを猛省しているベルクだったが、落ち込んでいられそうにない。
「…なに、これ?」
夢でも見ているように、誰ともなくベルクは聞いてみた。
さすがのルジュも、少々リアクションに困っているようだったが。
「んー…、盗賊団に一人で立ち向かったとかいう武勇伝?」
ぎこちない笑みを浮かべながらも、なんとか声を絞り出していた。
ベルクは改めて、盛大にため息をついた。

一発の蹴りで、大男5人も吹き飛ばすだの
矢の雨が降り注いでも、立っているだけで矢がそれるだのと
何をどうしたら、あの件がそんな話に膨らむのか。

つまるところ、噂話につられて来たのだ。
師範不在な道場への入門希望者が、ぞろぞろと。
妙に人がたくさん、地下に降りていくなぁとは思っていたが
呼び出されてみれば、練武場には希望者の面々が待ち構えていたのだ。
こう言う時は何と言うのだったか、ベルクはしばし考えて。

「怪我だけはしないように。じゃっ!」
「待て待て待て!」
爽やかに言い切り、自然な動作で背を向けるベルクをレイジが引きとめる。
肩と腕を掴まれ、少々不機嫌そうにベルクは小声で文句を言った。
「何かと思えば…俺に何させる気?」
「おまえにどーぉしても教えて欲しいって、聞かねぇんだよ」
「やだ、むり」

泣きつくレイジを、しかしベルクは冷ややかに一蹴する。
教えるともなれば、自分が相手になって手本を示す場合もあるだろう。
そうやって教え込まれた、おぼろげな記憶がベルクにもある。
その時に何をするのか、ベルク自身にも分からないのだ。
あの牛の盗人のように、命を取り留めてくれる保証はない。
そんなこと、レイジにだって分かってるはずなのに―――

「あんなことした後で、俺が引き受けると思った?」
ピリピリした空気を放ちながら、ベルクはなおも小声でレイジに噛みつく。
それにも負けず、レイジはベルクをなだめて食い下がる。
「”型”の崩れを直してやるとか、アドバイスだけでも良い。
 いや、たまに居てくれるだけでも良いから、組手とかはさせないから、な!」
「…とりあえず、後ろを解散させて。話は上で聞く」
ベルクは、店の仕事がまだ途中だった。
ここで長話をする訳にはいかない。

料理を客席に運ぶ、その片手間でベルクは話を聞いていた。
「俺、素手は素人だよ」
近くのテーブルまで料理を運んで来た時に、ベルクはそっけなく告げた。
レイジの話では、護身術と言うだけあって、基本的には”受け”の型が多い。
攻められた時の対処法のようなものだが、そこはやはり一般人向け。
『武器を持った相手に素手で対峙 ( たいじ ) する』ことが前提にあった。

その言葉を噛みしめるように、ルジュは宙に目をやり何かを思い返し。
「いや、あれで素人とか言われると
 じゃーどこからが玄人なのかって言う話になるし…」
隣の少女が小さく身体を震わせるのを見ながら、レイジも付け足した。
「なら武具訓練を見てくれたら良いから」
「それ、レイジがやってるって聞いてる」
レイジは二日に一度、練武場の様子を見に行っている。
実はルジュもレイジも、中々の腕前なのだそうだ。

「おまえじゃなきゃヤダって、言われる身にもなれよなぁ」
レイジは水を飲んで、うなだれながらボヤいた。
練武場は子どもから大人まで、幅広く人が集まるが
ハブが居なくなって以来、特に子ども達の反応がよろしくない。

「正直、ベルクが構ってあげれば、それで良いんじゃない?」
ルジュがもしゃもしゃと口を動かしながら、他人事のように言った。
「……子守りってこと?」
「そういう言い方もあるかも」
それこそ、ベルクにしてみれば未経験の塊なのだが。
ひたすら面倒くさそうな気さえする。
ふと背中に視線を感じて振り返ると、地下へ続く戸口に
数人の子どもが、顔を半分隠しながら様子をうかがっていた。

「う”……」
思いがけない視線と仕草で、無言の圧力を受けるベルク。
だがすぐに背を向け見なかったコトにして、平静を保つ。
「急にそんなの出来る訳ないだろ、やらな―――」
改めて突っぱねようとしたベルクだったが、
意識とは関係なしに、くるんと後ろを向いた耳が泣き声をとらえた。
極力視線だけで後ろを見れば、しゅんとした者がチラホラ見える。

その時ルジュが、子どもたちにサインを送っていたが
もちろんベルクには死角になっていて、気付かれはしない。
「な、頼むよ、ベルク」
ゆっくりとレイジに向き直り、ベルクが折れた。
「わかった、やる」
先程までの暗い空気はどこへやら、途端に後ろから上がる歓声に
思わずベルクは前言の撤回を試みるが、それが叶うはずも無く。

「今度からベルクに頼み事するなら、あいつらにやらせるか…」
「あのボサ介を泣き落とすなんて、子どもは怖いねー」
「おまえも子どもだろーが」
腕から足から尻尾から、アレコレつかまれ
引きずられて行くベルクを、二人はもちろん黙って見送った。



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