鏡ノ欠片

口説く

「先に断っておくけど、僕はハバーナじゃないからね」
頬を掻きながら、ハブに似た猫族の男は申し訳なさそうに肩をすくめた。
男は呆気にとられた一同の中から、目星の人物を探し当て、笑いかける。
「上に誰もいないから、何事かと思ったよ」
「あなたがココに居るなら、あの人は大丈夫なのね?」
ベスティが、ごく自然に話しているが。

「あの…いったい?」
おずおずと切りだしたレイジだが、二人は気付かない。
代わりにルジュが、この場の疑問を解決した。
「この人は、とーさんの弟のウィスカ叔父さん」
ああ、と周囲からどよめきにも似た声が漏れる。

「僕は今回、護衛を任されただけなんだよ。
 この近くは詳しいし…ここには、ついでに寄っただけなんだ」
ちらりとウィスカが振り向いた先に、旅装のローブをまとった人影がいくつか見えた。
「それで、兄さんがどうかしたの? …上に行こう」
ウィスカはベスティの手を引いて、ローブ姿に合図をすると食堂への階段を上って行く。
昼の休みには少しだけ早いが、レイジ達も一息入れるコトに決めた。

***

黒や深緑のローブをまとった姿は、全部で五つ。
椅子に腰かけ四人がフードを払うと、それが全て豹族だと分かった。
見た目の年齢構成で察するに、家族だろうか。
ただ、未だにフードを被っているのが一人いたが。

ウィスカとベスティが話している間、豹の一家と思しき面々は
辺りを興味深そうに見回すと、レイジに視線を止めた。
レイジは丁度、慌てて階段を駆け上ろうとしていたのだが。
「ねぇ君、ここの近くに住んでるの?」
レイジと同い年くらいの豹の男に声を掛けられ、その足が階段の手前で止まる。

「そう、だけど…」
視線はあわせずに、レイジはぼそりと呟いた。
それにも構わず、なおも軽快に話しかける豹族の少年。
「君の家族も、そろそろ出ないと間に合わないんじゃない? 良かったら―――」
「――ああ、ありがと」
ベルクには何の話か、良く分からなかったが
レイジは適当な礼で一方的に話を打ち切って、逃げるように階段を上って行った。

その少年は、父親だろう人物に何やら怒られており
ベルクの後ろでは、昔のレイジに戻ったみたいだなどと言う声が聞こえる。
ルジュとベスティですら、その様子をポカンとして見ていた。
多分、レイジは同族に会いたくなかったんだろうと、
そう見当を付けて、ベルクは後を追おうとしたのだが。

「ちょっと、良いかしら?」
フードを被った最後の一人に話しかけられ、ベルクは足を止めた。
どうやら女だったらしいが、当然、ベルクに知り合いがいるハズもないのだが。
一体何の用だろうと、視線を落とせばフードの奥に澄んだ青い瞳が見えた。

「…俺に何か?」
この女から感じる、これは何だろう。
「私も、この一行を護衛しているのだけれど…。
 私はこの先、別のルートに向かうの。
 道案内をお願いできないかしら?」
突然の申し出に、ベルクは眉間にしわを寄せた。
この中から自分に声を掛けられた理由が、ベルクには分からなかった。
この辺りで見かけないベルクのような者でなく、地元の猫族に道案内を頼むのが普通だ。

「…俺、あちこち行ってる旅人に見えます?」
そうでもなければ、自分のような者に声を掛ける訳が無い。
その問いに、女は静かに首を振る。
「あなたなら、頼りになりそうだと思ったの。
 私の代わりに、あの家族の護衛を引継ぐ人は、もう手配できたのだけど」
女は困ったように頬を掻いたのだろうが、ローブがもぞもぞと動いただけだった。

「頼りになりそうって…あなたも護衛するほどの腕前なのに?」
「あら、女の一人旅って、思うより物騒なんだから」
なおも怪しむベルクに、屈託のない笑みを返したであろう事は、口元で分かった。
「うわボサ介ったら、口説いてんの?」
「何だよそれ」
後ろに現れたルジュの冷やかしに、ベルクは首をかしげた。
その反応が、事のほか面白味に欠けるモノだったらしく、
ルジュはつまらなそうな顔をして、ローブ姿に視線を移す。

「口説く…そうね、それでもいいかも知れないわ。
 道案内役は他に探すから、途中まであなたも一緒に来てくれない?」
何やらローブ女がとんでもないコトを言い出したので、ベルクは思わずルジュを睨むが
本人はトボけた顔して、視線を合わせようとはしなかった。
ほんの一瞬、断ろうかとも思ったが
先ほどから自分が感じているものが何か、やっとベルクにも分かった。
「…良いですよ、付き合います」
だからベルクは、そう答えた。

こうしてベルクは、次の日の朝に出るコトになった。
他には、夜はウィスカはもちろんのこと、豹の一家も泊って行くと決まった。
ハブの部屋や、その隣の空き部屋を使えば事足りるだろう。
…少し狭いかもしれないが。

ただレイジだけが、強い不満を示していた。
午後の訓練も、どこか気が入っていなかったし
食事の時間も、姿を現すことはなかった。
「やっぱり僕ら、邪魔だったんじゃ…?」
ウィスカの言葉に、反応に困る白猫二人。

レイジが今になって、あそこまで他人を嫌がるとは考えていなかったらしい。
一応、二人が説得を試みたがムダに終わったのだ。
黙っているつもりだったが、仕方なくベルクは口を開いた。
「レイジはここに来る前…一年くらい前まで、同族から酷い目に遭わされたそうで…
 その時のこと思い出すから、会いたくないだけだと思います」
その言葉には来客一家はもちろん、ベルク以外の全員が戸惑いを見せた。
淡々と食事をしていた手を休め、そこでベルクは安心させるように付け足した。
「別に、嫌いじゃないと思いますよ」
―――時々俺が、ルジュに別の影を重ねるのと同じで。
口には出さず、そんな言葉を頭の中で響かせながら。

「あんな子どもを、私達が? そんな事は聞いてないぞ」
豹族の父親が、信じられないと言った顔で嘆く。
「いったい何をしたと言うのだね、私達が謝れる事なのか?」
ベルクは相手の目を見て首を振った。
「それは、僕の口からは言えません。
 …すみません、せっかくの食事なのに」
せっかく人が多いのに、いつもより静かだなと。
ベルクはそんなコトを思いながら、大きな葉を手で裂いて口にした。

あまりの沈黙に耐えかねたのか、豹の少女が話を振った。
「ねぇウィスカさん、あとどれくらいで着く? 間に合う?」
「祭典には間に合うよう努力しよう、でもなるべく安全な道を選ぶよ」
そう言えば、昼間も”間に合う”とか何とか話していた気がする。
ルジュ達には、普通の会話のようだが…。
「祭典て…何かあるんですか?」
軽い気持ちで、ベルクは聞いてみた。

「え、君にだってあるはずでしょ? 行ったこと無いの?」
不思議そうに首をかしげるのは、豹族の少年。
レイジとは違って少し沈んだ色の体毛で、目が良く動く。
ベルクは大人しく、ルジュに助けを求めた。
「祭典って言うのは、四つの季節がめぐる間に一度、
 それぞれの氏族が御先祖様を ( まつ ) ったり、 神様を崇めたりするもので
 そのために氏族の故郷の地に、色んな場所から人が集まるの。
 で、もうすぐ豹族の祭典があるから、この人たちは急いでるってワケ」

簡単かつ分かりやすい説明に、な説明のおかげで、話は理解できたが…。
「最初から故郷を離れなければ、集まる必要もないのに」
当たり前と言えば当たり前の意見に、豹の少年が笑った。
「狼族はそう言う考えだって聞いたコトあるけど、本当なんだね」
もちろん、ベルクには初耳の情報だった。

「あ、そう言えば、もう一人の護衛の人は何処で食事を?」
話を変えるベルクに、豹族の母親が苦笑した。
「何処で食べてるのか、実は私達も知らないんですよ」
「ああ、それに契約は今日の夕方までだからね」
子ども達もこう言った別れには、慣れているのだろうか。
父親を見ながら、コクコクと頷いていた。

「ふぅ…」
それを聞いてベルクは、気付かれない程度に安堵 ( あんど ) の息を漏らした。
契約が切れたならば、ばったり出会う事もないだろう。
時間があるとすれば、この後だ。


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