鏡ノ欠片

4.再会:葛藤

「それじゃあ、ベス、行ってくるよ」
「お仕事、しっかりね。また寄ってちょうだい」
ウィスカの一行は、朝早くに家を発とうとしていた。
レイジは恐る恐る、少し距離を置いた場所から、隠れてその様子を眺めていた。

だがもちろん、見てると言うことは。
豹の一家の一人と、視線がぶつかった。
反射的に身を固くして、レイジは一歩、その身を引く。
「待って!」
思いがけない速さで近付いた少年に、レイジは腕をつかまれた。
「余計なこと言っちゃったみたいだから、謝りたくて」
レイジは一瞬目を丸くしたが、黙って首を振った。

「ルジュとベルクは、まだ寝てるの?」
ベスティの困ったような様子に、レイジは頷いて返す。
結局、二人で見送ることになってしまった。

ルジュとベルクのおかしな様子が、その日のレイジには目に付いた。
ルジュは珍しく、何かを思い出すような素振りを見せる時があった。
妙に明るいのは、無理をしているんだろうが、誰も何も聞かない。
ベルクはベルクで、どこか落ち着きが無いようにも、戸惑っているようにも見えた。
この二人に何があったのか、もちろんレイジは知らない。

「聞いて欲しかったら、話すんじゃないかしら?」
と、義母もどこか素っ気ない…と言うよりも、話題を避けてるような。
家中がこんな空気になった理由は、レイジには特に思い当たらないが。
―――まさか、オレのせい?
そんな思いが浮かんで、レイジはすぐに頭を振った。
ここで自分まで空気にアテられてしまったら、大変だ。
レイジは食堂開店の手伝いをしようかとも思ったが、気分を換えに街へ出た。
だが結果から言うと、それが間違いだった。

***

「おいおい、レージ!」
「へ!?」
肩が震えたが、運んでいる料理は無事だった。
自分があらぬ方向へ進んでいたと気付いて、
レイジは慌てて声の主の元へ、料理を届ける。
この男はレイジにも負けないくらいの、鮮やかな毛並みを持った猫族で
同じような毛色だったからか、レイジが最初に話した客でもある。
ちなみに少々舌が回らないが、未だに下らない話のできる間柄だった。
要するに、この失敗をした相手が、この男で良かったと言うことだ。

「おまえら三人、今日はずいぶんとボーッとしてるな?」
どう言う訳か、ベスティは至って普通に仕事をしていた。
もしかしたら今、一番様子が酷いのはレイジかもしれない。
「すんません」
「…今のレージなら、もう大丈夫だと思うがな」

その言葉に、ぴくりとレイジの身体が勝手に反応した。
「なんだ、アタリか? 最近、よく”見かける”からな」
柔らかい葉で肉を巻きながら、男は口の端を釣り上げる。
あれこれと見破られるのは、気分の良いものでも無いが、
素直にレイジは頷いておいた。
「今日も、豹族を街で何人も見て…」
「―――行くべきかどうか迷ってる、と」
返事の代わりに、レイジは短く息を吐いた。

「”仲間”が恋しいなら、行けば良い」
確かに同族ではあるが、仲間…なのだろうか。
自分にはこの場所があるのに、どうして気になるのか。
それが分からないせいで、気分は晴れなかった。
「…おれぁ ( むっか ) しいのはニガテだ。
 レージにゃ思うトコもあるんだろーが、要は行くか行かないかだろ。
 今までは、どうしてたんだ?」

実はレイジは、集まりに行ったことが無い。
決まって家に置いていかれていたから、祭典に良いイメージはない。
独りになってすぐの頃は、同族から隠れるようにして避けていたし
胸に印を刻まれてからは、そんな自由も余裕も無かった。
だから、何処でやるのかは知らない。

でも、それを全て言う気にはなれない。
「気にしないようにしてた」
「それが今年は気になるってんなら、行くべきだろ?」
ほんの少し自信がついたのは、ここで暮らしたおかげか
それとも、例の来客のおかげか。

それでも、二度も捨てられたレイジには、やはり怖い。
良く考えてみれば、その場に自分の”家族”も居るかもしれない。
―――会いたくない
過去を思い出すと同時に、強くそう思った。
でも。
心のどこかで、会ってみたい気もしている。
文句を言ってやりたいのか何なのか、そこまでは分からない。

「オレ、よそ者だから、嫌がられるかなって思って」
整理の付かないまま出した言葉は、自分でも笑ってしまいそうなほどに弱気なものだった。
それがおかしかったのか、男は声を押し殺せずに、笑い声をあげた。
「よそ者って何だよ、おまえも氏族の一人だろ?」
レイジはあいまいに頷いておいたが、あの疎外感は、そう簡単には忘れられない。

「…こんな話しといて何だが、今は仕事をキッチリやれよ」
行った行ったと、男はレイジを追い払う。
振り返ると、ベルクとルジュが慌ただしくテーブルの間を歩き回っていた。

***

その日の夜、レイジは思い切って切りだしてみた。
「オレ、祭典に行ってみたい」
これには心底驚いたようで、ルジュとベスティはまじまじとレイジを見つめた。
ベルクは、心配の方が先に立っているようだが。
「昔は分からなかったことが、今なら分かるかも知れないだろ…。
 悪ぃけどベルク、練武場はしばらく頼む」
勢いよくレイジは、ベルクに頭を下げた。

「俺は良いけど…でも準備なんて、レイジしてないんじゃ…?」
「ついでに言うと、目的地…知ってんの?」
「私は一人旅に賛成はできないわね…ウィスカみたいな護衛が要るわ」
短い呻き声をあげて、口々に返ってくる返答に詰まるレイジ。
とりあえず急いで身支度をする事しか、レイジの頭にはなかった。
確かに何処が目的地なのか、どんな準備が要るのかを、把握していない。
加えて、武術をかじったとは言え、それで安全とは言い切れない。

「街に居る、祭典に向かう一団に入れてもらえば?」
ルジュがさらりと提案し、ベスティはそれに同意する。
だがそれには、レイジが身震いして反対した。
「え、嫌だよ、急にそんな…冗談だろ!」
これにはさすがに、三人とも言葉を失った。

「祭典に行ったら、どうせ右も左も”みんな同じ”だろ…」
「ああっ そっか!」
ベルクが呻くようにツッコむと、レイジは頭を抱えて悲鳴を上げた。
「……レイジ…ばかみたい」
遠い眼差しで、ルジュが呟く。
一体この男は、今まで何を悩んでいたのか。
どうしたものかと、三人は顔を見合わせた。


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