「それじゃあ、ベス、行ってくるよ」
「お仕事、しっかりね。また寄ってちょうだい」
ウィスカの一行は、朝早くに家を発とうとしていた。
レイジは恐る恐る、少し距離を置いた場所から、隠れてその様子を眺めていた。
だがもちろん、見てると言うことは。
豹の一家の一人と、視線がぶつかった。
反射的に身を固くして、レイジは一歩、その身を引く。
「待って!」
思いがけない速さで近付いた少年に、レイジは腕をつかまれた。
「余計なこと言っちゃったみたいだから、謝りたくて」
レイジは一瞬目を丸くしたが、黙って首を振った。
「ルジュとベルクは、まだ寝てるの?」
ベスティの困ったような様子に、レイジは頷いて返す。
結局、二人で見送ることになってしまった。
ルジュとベルクのおかしな様子が、その日のレイジには目に付いた。
ルジュは珍しく、何かを思い出すような素振りを見せる時があった。
妙に明るいのは、無理をしているんだろうが、誰も何も聞かない。
ベルクはベルクで、どこか落ち着きが無いようにも、戸惑っているようにも見えた。
この二人に何があったのか、もちろんレイジは知らない。
「聞いて欲しかったら、話すんじゃないかしら?」
と、義母もどこか素っ気ない…と言うよりも、話題を避けてるような。
家中がこんな空気になった理由は、レイジには特に思い当たらないが。
―――まさか、オレのせい?
そんな思いが浮かんで、レイジはすぐに頭を振った。
ここで自分まで空気にアテられてしまったら、大変だ。
レイジは食堂開店の手伝いをしようかとも思ったが、気分を換えに街へ出た。
だが結果から言うと、それが間違いだった。
***
「おいおい、レージ!」
「へ!?」
肩が震えたが、運んでいる料理は無事だった。
自分があらぬ方向へ進んでいたと気付いて、
レイジは慌てて声の主の元へ、料理を届ける。
この男はレイジにも負けないくらいの、鮮やかな毛並みを持った猫族で
同じような毛色だったからか、レイジが最初に話した客でもある。
ちなみに少々舌が回らないが、未だに下らない話のできる間柄だった。
要するに、この失敗をした相手が、この男で良かったと言うことだ。
「おまえら三人、今日はずいぶんとボーッとしてるな?」
どう言う訳か、ベスティは至って普通に仕事をしていた。
もしかしたら今、一番様子が酷いのはレイジかもしれない。
「すんません」
「…今のレージなら、もう大丈夫だと思うがな」
その言葉に、ぴくりとレイジの身体が勝手に反応した。
「なんだ、アタリか? 最近、よく”見かける”からな」
柔らかい葉で肉を巻きながら、男は口の端を釣り上げる。
あれこれと見破られるのは、気分の良いものでも無いが、
素直にレイジは頷いておいた。
「今日も、豹族を街で何人も見て…」
「―――行くべきかどうか迷ってる、と」
返事の代わりに、レイジは短く息を吐いた。
「”仲間”が恋しいなら、行けば良い」
確かに同族ではあるが、仲間…なのだろうか。
自分にはこの場所があるのに、どうして気になるのか。
それが分からないせいで、気分は晴れなかった。
「…おれぁ
レージにゃ思うトコもあるんだろーが、要は行くか行かないかだろ。
今までは、どうしてたんだ?」
実はレイジは、集まりに行ったことが無い。
決まって家に置いていかれていたから、祭典に良いイメージはない。
独りになってすぐの頃は、同族から隠れるようにして避けていたし
胸に印を刻まれてからは、そんな自由も余裕も無かった。
だから、何処でやるのかは知らない。
でも、それを全て言う気にはなれない。
「気にしないようにしてた」
「それが今年は気になるってんなら、行くべきだろ?」
ほんの少し自信がついたのは、ここで暮らしたおかげか
それとも、例の来客のおかげか。
それでも、二度も捨てられたレイジには、やはり怖い。
良く考えてみれば、その場に自分の”家族”も居るかもしれない。
―――会いたくない
過去を思い出すと同時に、強くそう思った。
でも。
心のどこかで、会ってみたい気もしている。
文句を言ってやりたいのか何なのか、そこまでは分からない。
「オレ、よそ者だから、嫌がられるかなって思って」
整理の付かないまま出した言葉は、自分でも笑ってしまいそうなほどに弱気なものだった。
それがおかしかったのか、男は声を押し殺せずに、笑い声をあげた。
「よそ者って何だよ、おまえも氏族の一人だろ?」
レイジはあいまいに頷いておいたが、あの疎外感は、そう簡単には忘れられない。
「…こんな話しといて何だが、今は仕事をキッチリやれよ」
行った行ったと、男はレイジを追い払う。
振り返ると、ベルクとルジュが慌ただしくテーブルの間を歩き回っていた。
***
その日の夜、レイジは思い切って切りだしてみた。
「オレ、祭典に行ってみたい」
これには心底驚いたようで、ルジュとベスティはまじまじとレイジを見つめた。
ベルクは、心配の方が先に立っているようだが。
「昔は分からなかったことが、今なら分かるかも知れないだろ…。
悪ぃけどベルク、練武場はしばらく頼む」
勢いよくレイジは、ベルクに頭を下げた。
「俺は良いけど…でも準備なんて、レイジしてないんじゃ…?」
「ついでに言うと、目的地…知ってんの?」
「私は一人旅に賛成はできないわね…ウィスカみたいな護衛が要るわ」
短い呻き声をあげて、口々に返ってくる返答に詰まるレイジ。
とりあえず急いで身支度をする事しか、レイジの頭にはなかった。
確かに何処が目的地なのか、どんな準備が要るのかを、把握していない。
加えて、武術をかじったとは言え、それで安全とは言い切れない。
「街に居る、祭典に向かう一団に入れてもらえば?」
ルジュがさらりと提案し、ベスティはそれに同意する。
だがそれには、レイジが身震いして反対した。
「え、嫌だよ、急にそんな…冗談だろ!」
これにはさすがに、三人とも言葉を失った。
「祭典に行ったら、どうせ右も左も”みんな同じ”だろ…」
「ああっ そっか!」
ベルクが呻くようにツッコむと、レイジは頭を抱えて悲鳴を上げた。
「……レイジ…ばかみたい」
遠い眼差しで、ルジュが呟く。
一体この男は、今まで何を悩んでいたのか。
どうしたものかと、三人は顔を見合わせた。