鏡ノ欠片

集会場

当然のように、注意はレイジよりもむしろ、ベルクに向けられる。
「おい、新入りってその黒いのかよ?」
「よそ者だわ」
「いや案外、黒豹かも知れねぇぞ?」

笑う声や冷やかす声が、ロビーに広がる。
だがそれも、レイジに気付くと治まり始めた。
「この子はレイジ。家族が先に行ってしまったらしくてな、これから一緒に行動する」
ジェグがレイジの両肩に手を添えると、視線が一斉に集まる。
レイジはそれを、身を固くして見ていた。

「少しばかり人に不慣れだから、あまり冷やかさないよーに」
そう付け足して、頭を掻いている兄の方をジトッと見つめる。
ここでまた、小さな笑い声でざわめいた。
「祭典が終わったら、責任を持ってここまで連れ帰るからな」
ジェグに小声で告げられ、なんとかレイジは一つ頷いた。

「で、その黒いのは何なんだよ?」
奥の方に座っていた若い男が、面白くなさそうに問いただした。
ベルクは苦笑しながら答えた。
「豹族ではありませんが…ベルカンドです。
 途中まで同行しますが、自分の面倒は見られます―――迷惑はかけません」
分かってねーなぁと小さくボヤいて、男は首を振った。
「これは豹族の話だし、身を護れない子どもが何言ってるって、そう言ってんだよ」
「そんな子どもに、こんな態度を取ってるのってどうなの?」
男の横に座っていた女が、信じられないとでも言うように
その身体の上から下まで、目を走らせた。
「なら相場の半額以下で、目的地まで護衛役を引き受けますよ」
ベルクのその言葉に、その場は一瞬沈黙し。

どっ

飛びきりの冗談でも言われたように、弾けた笑いが木霊する中
ベルクは涼しい顔をして立っていたが、レイジは少しムッとしていた。
その喧噪の中、例の若い男が再び口を開いた。
「おいパッド。おまえそいつと、やってみろよ」
「…いえ、俺はあなたとやりたいですね」
ベルクは朗らかに答えてはいるが、そばに居たレイジは
首筋に何かがピリッと走るような感覚を覚えて、顔を引きつらせた。
「ほぉ、ずいぶん自信たっぷりだが、俺は手加減しないぞ」
ゆっくりと立ち上がる男に、ベルクはやはり笑顔を向けていた。
「手加減するって言った方が、良いと思いますけど」
ベルクの後に続いて、男は表へ出てきた。

「そうそう、俺があなたに勝ったら、レイジに関わらないで下さいね」
ベルクは腕を組んで男と向かい合うなり、そう言った。
「何の話だよ?」
「知り合いによく似た目をしてるなって、思っただけですよ。
 レイジに向ける視線が普通じゃなかったの…自覚が無いんですね」
小さな舌打ちを、ベルクの耳は聞き逃さなかった。
「それなら、おまえが負けたらどうする?」
「俺のこと、煮るなり焼くなり、お好きにどうぞ」

こんな二人のやり取りを、周りが黙って見ている訳もない。
「おいティグ、”婆様”抜きで話を進めるな!」
「なら、勝手にメンバーを増やすのは良いのか?」
人の群れの中から上がった声に、ティグと呼ばれた男は噛みつく。

「君の友達だろ? 止められないのか」
レイジはジェグに大丈夫とだけ答えたが、それでジェグが納得するわけもない。
だが、それ以上を喋るより早く、ティグがベルクに向かって行った。

ベルクは真っ直ぐ突っ込んでくる男を見ながら、構えるコトもしなかった。
はた目からは、ただ腕を組んでやられるのを待っているようにも見える。
だが、その左足が素早く動いたのを、レイジは見た。
着地前の男の軸足を正確に見切った上で、ベルクの足がそれを払う。
体勢を崩して倒れる男の腕をつかんで、自分の身体と地面で挟み込むように男を抑え込み。
勝敗は、一瞬で決した。

「…手加減してくれて、助かりました」
ぽかんと、口を開けて固まるギャラリーの中、ベルクは皮肉を浴びせて起き上がった。
「相場の半額以下なら、子どもでもきっと問題ないですよね?」
「え? あ、ああ、そうだな」
近付いてきて首をかしげるベルクに、ジェグはハッとして頷いた。

***

ティグとか言う男には悪いが、この一件がベルクとレイジの
一団に溶け込む、良いきっかけになったのは間違いが無い。
その上、ベルクは別行動をする必要も無くなったし、金も入る。
街を出れば夜の見張りをするコトもあるだろうが、それは問題にならない。

「おまえ、その若さで大したもんだなぁ、冗談にしか聞こえなかったが」
ばしばしとベルクの背中を叩き、愉快そうに笑うのは豹族の男。
とは言っても、ベルクを除けば皆一様に、豹族しか居ない。
パッと見では、斑点模様が特徴的でない限り区別が難しい。
正直ベルクはそう思っていたが、いざ周りを囲まれてみると、そうでもない。
背格好や顔つきだけで、意外と分かるものだ。
もちろん、20人近い人数を全て一度に覚えきるなどと言う特技は、ベルクには無い。

遠目に見ると、黄色から赤までが目に飛び込んで来る。
普段ならかなり目立つだろうが、ここでは逆にベルクのような地味な色が目立った。
ほんの少し迷ったが、ベルクはあえてレイジの近くに居た。
だから今も、レイジはベルクの隣に座っている。

レイジには必要以上に注意を向けさせず、
それでいて人だかりの中に居させるには、それが良いと判断したからだ。
これで少しは慣れてくれれば良いが、どうなることか。

「足を払っただけなのに、そんな大げさな」
ベルクは笑いながら、周りの面々に飲み物を注いだ。
今この宿屋は、軽い食事と飲み物で、あちこちで話に花を咲かせていた。
ここは、その内の一つ。
「走ってる私らの足を払うなんて、普通は出来ないわ。
 きっと誰かに習ってる、そうでしょ?」

女の言葉に続いて、あれこれ質問が飛んできたので
ベルクは一瞬だけ、レイジと視線を交わして。
「こいつの親に習いました」
ベルクの笑顔を、レイジは目を丸くして見ていた。
話を急に振られて焦るレイジを尻目に、ベルクはそっとその場を立ち去った。
あくまで自分はオマケだから、レイジが話さないと意味が無い。

ベルクが通りに出て風に身をさらしていると、それに乗って鈴の音が聞こえた。
そちらに目を凝らせば、通りの向こうから何かがやって来る。
……りぃん……
鈴の音は、そこで鳴っていると見て良さそうだ。
遠目に大きな塊に見えたそれは、箱だった。
人影の間に箱が浮いている―――担いでいるのだろうか。

やがて、それはベルクの目の前で止まった。
四人の大柄な豹族が、棒を肩に担ぎ、その上に箱が乗っていた。
箱と言っても、荷物では無さそうだ。
屋根のようなものが付いていて、そこから垂れた飾り紐が揺れている。
一番後ろに立つ、若い女が鈴を鳴らしていた。

地面に下ろされた箱の壁が、さっと横に開き
その中から現れたのは、豹族の老婆だった。


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