鏡ノ欠片

破棄

レイジは深く息を吸い込んで、双子に切りだした。
「あの…途中、水浴びとかは?」
遠回しな話の進め方だと、自分でも思ったが精一杯やっている。
ジェグは前回の旅を思い起こすように、視線を宙に漂わせる。
「ああ、でもこの人数だろ? 宿のでかい浴場か湖か…大勢で入るしかないな」
丁度部屋に着いたので、レイジは服を脱ぎ始めた。

―――それなら、隠してもすぐにバレる
そう思うと、踏ん切りがついた。
なら先に自分でバラしてしまおうと思ったが、
ベルクの時と同じで、口で言うよりも見せた方が早い。

「サッパリしたいなら、下に行ってから脱いだらどうだ?」
戸惑いつつも、パッドが声を掛ける。
それには答えず、ベルクは胸元の印を見せた。
「…あまり言いたくない話だから…見せる」

一瞬のハズの沈黙が、とても長く感じられて
レイジは目を閉じて、次の言葉を待った。
これが理由で追い出されても良いように、心構えはしてるつもりだった。
だが、一向に反応が無い。

不審に思って、ゆっくりとレイジは目を開ける。
目の前には、奴隷を示す印があった。
焼けただれて、剥き出しの肉で作られた印。
もちろん、レイジの印とは別のもの。
それは、ジェグの身に刻まれた焼印だった。

「…ちなみに兄貴は、やられ損ねた」
「印をつけられる寸前で、助け出されてな」
パッドが肩をすくめたが、ジェグは毒づいた。
「兄貴がやられるまで、助けなんて来なくて良かったのによー」
レイジは呆気にとられて、そのやり取りを見ていた。

「でもおまえは、こんな印だけで済んだ訳じゃないんだろ」
その暗い目を見返しながら、レイジはこくんと一つ、頷いた。
「家族の話は、嘘。オレ…本当は、捨てられたんだ」
自分の口から言葉にすると、改めてそれを実感してしまって語尾が震える。
同族の、しかも年上に打ち明けていると、弱音を吐いているようにも思えた。
それが嫌で、余計な声が漏れないように、奥歯をきつく噛みしめる。

ふと、目の前の二人に、顔も思い出せない兄の姿が重なった。
同時に、恐ろしいほど鮮明に、当時の記憶が次々と泡のように浮かんできた。
ベルクに語った時のような、過去を振り返る感じとは違う。
自分があの頃に戻っているような、そんな感覚だった。
ただ笑って欲しくて、誉めて欲しくて。
捨てられるとは知らずに、とにかく必死だった。

家の道具を使って一人で薬を作ってもみたけど、何も言われなかった。
苦労して作ったものが捨てられた時は、酷く寂しかったけど
怒られもしなかったから、それからは面白くない時とか寂しい時とかには
決まって自分で薬を作るようになった―――そうすれば、少しは気が紛れる。
最後に思い出すのは、街に一人置いて行かれた、あの日の光景。
走り去る背中を追った、あの時の景色。
困らせるようなことはしなかったのに、どうして。

そんな、もう風化したはずの想いが、今になって生々しく蘇って
耐え切れなくなったレイジは、脱いだ服で顔を拭いて、寝具に飛び乗り布団をかぶった。
意外にも、実際に奴隷として過ごしてきた日々の記憶は
独りになったショックの方が大きすぎたのか、今は気にならなかった。

―――どうして独りになったんだろう
声が漏れないように、口を大きく開けて息をした。
眠りながら涙を流したのは覚えているが、こんな風になった記憶は無い。
あの時は”どうでも良い”なんて思ったけど、本当は何も考えたくなかっただけだった。

ぎしり。
布団を被っていては見えないが、レイジの横に誰かが座ったらしい。
誰かと言っても、レイジの他には二人しかいない。
―――なんだろう
頭の片隅でそう思っていると、すぐ近くで低い声が聞こえた。
「一階に居るから、気が済んだら降りて来い」
それだけ告げると、二人は部屋を後にした。

***

「……ベルク?」
レイジはあれから眠ってしまったらしく、目が覚めるとそこにはベルクが居た。
目を閉じ腕を組み壁に背を預けて、じっとしていたが
声を掛けると、身体をほぐして大きく伸びを一つ。
―――まさか立って寝てたのか。

「少しは落ち着いた?」
そう言いながらベルクは横に腰かけて、顔を拭くように布を手渡す。
レイジは起き上って小さく頷き、それを受け取ると顔を触ってみた。
( ) れている気がする。
「顔、ひどい?」
「…いつもより、良い顔してる」
ベルクがからかう様に笑うから、レイジは手近な物…
この場合は手の上に乗っていた、黒い毛束を引っ張ってやった。

「どうかしたか?」
扉が開き、部屋の外から双子が顔をのぞかせる。
手を後ろに回して腰のあたりをさすりながら、ベルクは弱々しく首を振った。
「なんでもないです…」
そうか? と言うように片目を細めたが、何も言わずに双子は扉を閉めた。

「尻尾、引っ張るほどじゃないだろ」
レイジに向き直って、ベルクは文句を言った。
「…あの双子、もしかして部屋の外に居るのか?」
それには答えず、レイジはすぐさま入って来た二人のことを、ベルクに聞いてみる。
不満そうな顔で、ベルクは廊下に耳を向けて短く息を吐いた。

「レイジの様子を見てくるように、二人に頼まれたんだよ」
レイジが降りてこないけど、自分達に泣き顔は見られたくないだろうし
部屋に行って、様子を見て来てくれないかと。
ベルクはそう言われて、寝てるレイジに付き合って、起きるのを待っていたのだ。

「ふーん…」
素っ気ない返事だったが、レイジの口元は笑っているように見えた。
「俺に話した時は、もっと淡々としてたのにな」
「ジェグも胸に印があって、それ見たら気が緩んだ…かも」
その顔を見る限り、もうレイジは落ち着きを取り戻したようだ。

「それ、消したくないの?」
ベルクが聞くと、レイジは印に手を当てた。
「ただ毛が染まってんのとは、違うみてーでさ。
 後から後から、同じ模様が浮かんでくるんだ。
 実はこっそり、薬も調べちゃいるんだけど…」
どさりと、ため息と共にレイジは再び寝具に身体を沈める。
「…そっか」
少々ベルクには思い当たる節があったが、それは黙っておいた。

そう言えば、レイジは寝ていたから
明日の予定を聞いていなかった気がして、ベルクは声を掛けておいた。
「明日の昼前には出るみたいだから、その前に家に寄ろう」
「…しばらく帰らないんだよな」
レイジのその声には、何の感情もこもっていなかったが。
「寂しい?」
「なワケあるか」
すぐさま突き放すような言葉が返って来て、ベルクは笑った。


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